縞馬は青い

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映画とか、好きなもの

かが屋のコント26本レビュー

2週間ほど前から『みんなのかが屋YouTube channel』でかが屋のコントが大量放出されている。これがほんとうにどれも面白くて味わい深くて愛おしくて。感激しっぱなしだったので現在UPされている26作品を全作レビューしてみた。特に好きなのは、『市役所』『親友』『イヤホン』『俳優』『バイトのシフト』『面白い男の人が好き』『文化祭』『田舎の事件』あたりです。ぜんぶ好き。

(※2021年8月追記。いつの間にか『みんなのかが屋YouTube channel』のネタ動画が全て消えってしまったのですが、そのほとんどは『マセキ芸能社公式チャンネル』にも上がっているのでそちらをご覧になりつつ短評をお楽しみいただければと思います)

 

『リズム』


かが屋『リズム』コント 2019 4 26 資料映像

学校へ行こう!』でおなじみのリズムゲームみのりかリズム4」に興じる5人の若者。なぜかタナ(加賀)にだけ出番が回ってこず、オカ(賀屋)をはじめとする4人で盛り上がりを見せ、タナは次第に苦い表情を見せはじめる。タナも観客も最初は「ハブられてる?」という疑念を抱くわけだけど、ときにそれを覆す「本音」がかが屋のコントの持ち味。それをオカに言わせないのもいいし、彼らがこれまで積み上げてきた時間の堆積が鮮明にうつる。

 

『市役所』


かが屋『市役所』コント 2019 4 26 資料映像

市役所で窓口対応をする女性(賀屋)と、彼女にあることを伝えにきた彼氏らしい男性(加賀)。「だから舞台が市役所だったのか」という中盤の驚きと、その加賀の企てをひっくり返す賀屋のひと言が楽しい。お互いに一度ずつ言葉を噛んでしまったりするもののサムい感じにならないというか、それすらも愛らしいほど日常がコントに溶け込んでいる。匿名性を帯びた市役所のなかで、ただ2人だけに注がれたスポットライトが眩しい。


『親友』


かが屋『親友』コント 2019 4 26 資料映像

これは序盤からエンジン全開でおもしろいやつ。サイレントでもいい。お互いに「親友を元気づけたい」「親友に元気なところを見てほしい」と思っている思考の美しいズレが及ぼす行動のズレ。最後に思わぬところでプチサプライズを起こすのも、このコントの醍醐味である「視覚」効果によるもの。


『大富豪』


かが屋『大富豪』コント 2017.01 資料映像

タイトルのとおり大富豪で遊んでいる数人の男たち。彼女と電話する加賀によりゲームが中断されたことで、仲間から非難の声が浴びせられる。中立の立場にいる賀屋はいつだってその誠実さが似合っているし、加賀の子どものような泣き芸はそれだけでおもしろい。かが屋のコントのギミックである「反転」がそのまま大富豪の「革命」に繋がっているのが単純に巧い。


『唇』


かが屋『唇』コント 2017.05 資料映像

唇を「ぶ〜」ってする子どもと、「それやるとたらこ唇になっちゃうよ」と注意するお父さん(賀屋)。舞台は電車で、その親子の横の席にはたらこ唇の加賀が座っているという、設定勝ちのコント。終始、悲しいのか嬉しいのか、怒っているのかが曖昧な表情を見せる加賀の複雑さがいい。あと押される芝居がうますぎる。


『合唱』


かが屋『合唱』コント 2017.03 資料映像

合唱コンクールに向けた練習をする生徒たちと先生(賀屋)。そのなかでただひとり「できてる」と指名されたときの優等生(加賀)の優越感とちょっとの恥ずかしさ。「歌うこと」に対する想いをいちばん持っているのであろう先生の行動も熱すぎてちょっと恥ずかしいけど、瑞々しくも感じる。


『電車にて』


かが屋『電車にて』コント 2016.06 資料映像

電車にて、イチャイチャするカップル(男性:賀屋)とそれを横目で見る加賀。相手に夢中で距離感がバカになった賀屋が加賀に接触してしまったり、賀屋が、現実にいる“ちょっとヤバいやつ”を快演している。彼に宿る二面性とさらにそれを裏切る終盤の展開も、賀屋のいい人とも悪い人とも捉えづらい複雑な顔面がうまく体現してみせている。


『自転車』


かが屋『自転車』コント 2018.01 資料映像

自転車を置いてコンビニかなにかに買い物へ行く加賀。帰ってくるとその自転車の前で男女が恋愛のイザコザを起こしているという、これまた現実にちょっとありそうなシチュエーション。“ことの傍観者”=加賀を徐々に“当事者”に仕立て上げていく手法は『唇』と同じで、かが屋のコントの姿勢が垣間見える。ちゃんとどん兵衛を食べちゃう演出も余韻があっていい。


『イヤホン』


かが屋『イヤホン』コント 2019.01 資料映像

もうすぐ引越ししてしまう加賀を呼び出す賀屋。AirPodsを自慢するため?かと思いきや、そこから二転三転するげに秀逸なコント。賀屋の愛らしい行動をさして何度も「キモい」と表現する加賀の、本当は複雑な心情をその言葉に閉じ込める姿。それは、かが屋のコントを見ている間に私たち観客が抱く「感動」でも「驚き」でもある複雑な感情を「笑い」として表出しようとする姿勢ととても似ている。泣ける展開でもとりあえず笑いたくなる。


『俳優』


かが屋『俳優』コント 2019.11 資料映像

エキストラの加賀と演出家の賀屋。急遽大事な役を演じるはずの役者が飛んでしまって、その代わりを「すべてのセリフを覚えている」という理由から加賀が引き受けることになるが…。これはさらっと展開される序盤の1分くらいの会話がのちのち効いてくるので、YouTubeで繰り返し観られるのはうれしい。エキストラという代替可能な存在を通して描くことで、かが屋のコントが見せる「人間の悲哀」が境地に達していると思う。


『バイトのシフト』


かが屋『バイトのシフト』コント 2019.01 資料映像

コンビニかなにかのバイト仲間である男(加賀)と女(賀屋)。バイトのシフト変更でサプライズ的に訪れる2人の時間。かが屋のコントはその登場人物2人がどういう関係性なのか、想像を促す冒頭の余白ある時間が楽しい。予想を覆されても、予想と同じでもどっちでもうれしいし。ここでも、一度傍観者にされてしまった男が当事者に引き戻される瞬間がハッとする。憎らしいほどうまい。


『面白い男の人が好き』


かが屋『面白い男の人が好き』コント 2019.09 資料映像

加賀くんの表情の変化をずっと見ていたい、初対面の男女が徐々に心を通じ合わせていくさまを捉えた最高のコント。少し不器用な男性(加賀)が発するボケが、女性(賀屋)に掬い上げられることで会話のラリー、心のグルーヴが生じる。お笑いの美しさの原点を見ているようでもある。


『文化祭』


かが屋『文化祭』コント 2018.01 かが屋『文化祭』コント 2018.01 資料映像映像

文化祭でのクラスの出しものを決める投票にて。“脱出ゲーム”と“たこ焼き”でデットヒートを繰り広げるなか、加賀の表情が暗くなっていく…。青春すぎる!!!!!!! これもずーっと加賀くんの表情が変わっていくグラデーションを見ていたくなる。すべてを知っている賀屋のイケメンっぷりがすごいし、「高くね!?」なラストも愛らしい。

 

『缶コーヒー』


かが屋『缶コーヒー』コント 2018.04 資料映像

演劇仲間のふたりの男。ベンチに座って落ち込んでいる後ろ姿を見せる賀屋に、缶コーヒーを持っていこうとする加賀の描写からはじまる。これも前の2本と一緒に「加賀顔面グラデーション3部作」と名付けたい。“賀屋には見えていない”ということを利用した身体の動きもすばらしい。


『田舎の事件』


かが屋『田舎の事件』コント 2018.04 資料映像

大傑作長編映画を観たあとかのような余韻。単純なプロットの巧さでいうと、ほかのコントとは一線を画しているかもしれない。「町のくら寿司が閉店する」という小さいけど大きな事件を契機に、お父さん(加賀)とお母さん(賀屋)、くら寿司の店長や彼らの子どもとの交流が描かれる。人を思いやることがどれだけ美しいことか、再確認させられるコントだ。かが屋のコント美学である「反転」がバシバシ決まりながら、訪れる感動のラスト。小津の映画だよこれは。


『彼女の部屋』


かが屋『彼女の部屋』コント 2019.08.26 資料映像

彼女の部屋で過ごすあるカップル。男(加賀)が部屋を後にすると、女(賀屋)があることをしはじめる…。これも何度も観ているけど、本音を言うときの賀屋くんの必死さと、信じようとしない加賀くんの幻想垣間見える姿がツボ。真実を知ってちょっとだけ幻滅しているような加賀/それに気づかず連発する賀屋の構図が愛おしい。


『花束』


かが屋『花束』コント 2019.08.26 資料映像

キングオブコントで披露されたネタだけど、初披露の際の映像らしく構成やラストが少し違う。しかし、かが屋を観ている観客のリテラシーの高さには毎度驚くな。花束を抱えて俯く男性とそこに「蛍の光」が被さるだけですべてを理解してしまえるのはすごい。1回目でそれだけウケると、それは2回目の明転では大爆笑ですよね。演者と観客の信頼関係が生んだ傑作。逆でもおかしくない配役、どう決めているのか気になってくる。


『ギャグとかやろうか?』


かが屋『ギャグとかやろうか?』コント 2020.02 資料映像

これは10年付き合った彼女にプロポーズしてフラれてしまった加賀くんの実話がベースになっているのでしょうか。本編は7歳のころから19年付き合って、それで昨日フラれて落ち込む加賀と、励ますためにギャグを連発する賀屋の関係性が映し出される。ギャグのクオリティがどんどん増していくのがこのコントの最大の面白さ。


『爆弾』


かが屋『爆弾』コント 2019.08.26 資料映像

ものものしいタイトルとは裏腹なほっこりする親子コント。息子が母親に好き勝手怒鳴り散らかしている場面は胸がきゅーっと縮こまり、その熱意と同等のものを母親がぶつけた瞬間に想いが広く開放される。パイの実で気を紛らわせようとするキュートなお母さんはいつもエプロンが似合う。


『終電』


かが屋『終電』コント 2019.06 資料映像

終電を逃すか逃さないかという時間帯に居酒屋で、付き合うか付き合わないかの微妙なラインの男女が一つひとつ確かめるように言葉を重ねる。鼻血が出るというある種のわかりやすさを提示することで、その奥に複雑な想いをうまく隠しているように見える。ほんとうにかが屋は、どこにでもいそうな“普通の人”を体現するのが巧い。


『下ネタ』


かが屋『下ネタ』コント 2019.08.26 資料映像

「下ネタは言うなら夜にして」と言う賀屋と、昼下がりのカラオケで下ネタを連発する加賀。「夜は新聞配達してるから…」というマイノリティの意見が表に出ていく気持ちよさもさることながら、「わかってくれるだけでいいから」という、あらゆる多様性に目を向けたコミュニケーションの話になっていく展開が興味深い。すべてを理解するのは不可能だから、ただわかってさえもらえればいい。


『大事な話って?』


かが屋『大事な話って?』コント 2019.05 資料映像

大事な話があると賀屋に呼び出された加賀。しかし賀屋の電話が鳴り止まず、なかなか話を切り出せない。これはファーストボケが強いタイプのコント。そこまでの長いフリがすばらしく、加賀くんはずっとかわいそう。ただそのかわいそうに対する対価が思い切っていてちょっとゲスいのと、それを軽く受け入れられてしまうパラドックスが奇妙で面白い。


『かわいい』


かが屋『かわいい』コント 2019.08.26 資料映像

居酒屋で飲む先輩(賀屋)と後輩(加賀)。彼女がいるのに他の女の子をみて「かわいい」と漏らす加賀に、信じられないほど熱いテンションで怒りだす賀屋の人間味が愛おしいコント。熱い人なんだなと思っていたら次第に、「付き合うこと」への美しい幻想を持つ人だと明らかになっていく過程。この人のために誠実でいようと思わせてしまう賀屋のキャラクターがかわいい。


『洗濯機』


かが屋『洗濯機』コント 2019.08.26 資料映像

『かわいい』に続いて、イノセントな賀屋先輩のフィーチャー作品。新品のドラム式洗濯機を肴に酒を飲もうとする先輩と、戸惑いながらも迎合していく加賀。わかりあえなさを貫く洗濯機の作動音が切ない。


『合コンの話』


かが屋『合コンの話』コント 2019.03 資料映像

前2本に続く「イノセント賀屋3部作」でした。合コンの話をしていた数人の男のところに友だちの賀屋がやってくるものの、なぜか「無人島にひとつだけ物を持っていくとしたら?」の話題にすり替えようとする加賀以外の仲間たち。周到に避けていた「本音」が明らかになったときが哀しいけれど、賀屋の何も知らなさに救われもする。


『兄弟』


かが屋『兄弟』コント 2019.08.26 資料映像

パントマイムを覚えた小学生くらいの弟(加賀)が高校生くらいのお兄ちゃん(賀屋)を呼び出してその腕前を披露しようとするコント。いつもならばお兄ちゃんじゃなくて母親が出てきてもおかしくないのだけど、ここではその兄弟独自の関係性を見せようとしている。親よりもお兄ちゃんとかに褒められるほうが確かにちょっとうれしいよな、という実感がこもっていて好き。『親友』とかもそうだけど、かが屋はこの“関係性”に迫るコントがとてもいいのです。

 

僭越ながら、クイックジャパンウェブではじまったこちらの記事の取材・テキストを担当しています。めっちゃ面白いし加賀さんらしい感じになっています。

qjweb.jp

今泉力哉『有村架純の撮休』第6話:好きだから不安

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有村架純の撮休』がとんでもなくおもしろい。有村架純有村架純としてそのまま本人役を演じるこのドラマでは、是枝裕和今泉力哉砂田麻美ふじきみつ彦といった名監督/脚本家たちの手によって有村架純の日常にそれぞれが考える「物語」が被さり、そのことで有村架純の多面的な魅力が浮き彫りになっている。

是枝監督回の第1話「ただいまの後に」では(実際の地元である)兵庫への帰省や(風吹ジュン演じる)母親との滋味深きやりとりが描かれたり、今泉監督回の第2話「女ともだち」では(伊藤沙莉が演じる)親友とのごく自然的な会話、ささやかな連帯感が示されたりして、作家によって「有村架純の撮休」へのアプローチはさまざま。最近勢いがある本田翼や川口春奈佐藤健がやっている俳優YouTubeが、ある種「物語」(演じること)から解放された姿が映っていることで特異性を得ているのとは対照的に、本作では作家たちが考える「物語」や「演じること」を通して、有村架純の魅力が最大化されている。一見不思議な対比関係のようでもあるけれど、俳優YouTubeというリアルが見えた今だからこそ、より“俳優を俳優たらしめる”こうしたフェイクドキュメンタリーのような作品も初々しさを増しているのだと思う。

第6話は監督・脚本ともに今泉力哉。彼氏がいるという設定や好きな人をめぐる会話劇、11分にも及ぶ長回しなど、ここでもなんとも愛らしい今泉映画の香りが有村架純という人と日常のなかを漂っている。有村架純はとても魅力的に撮られているし、彼氏役の渡辺大知はちょっと今までに見たことがない色気を放っていて最高。渡辺大知の元カノ役の徳永えりも、病床に付している役どころなのにめちゃくちゃキュートだった。さすがは役者の魅力を最大化させることに長けた今泉監督。クイックジャパンのロングインタビューでもこう語っていた。

常にその役者の代表作に並ぶような映画を作りたいなっていう意識がありますね。あと、役者をいかに魅力的に見せるかを大事にしたほうが、結果的に作品自体も面白くなると思うんです。ーー『クイック・ジャパン Vol.149』

「成長を描きたくない」「必ずしも主人公が成長する物語ばかりでなくてもいいのではないかと」ということを今泉監督はTwitterでも、キネ旬QJなどの最近のインタビューでも常に語っていて、そうした非成長主義の作風が及ぼす作品や人への“肯定感”が、有村架純というある種神聖視されそうな人にも身近な人間味を与えていたりする。

第6話の面白いところは、「休日の予定」がどんどんすり変わっていくところ。彼氏と外でランチをするはずが(店を探すシーンも描いておきながら)、徳永えりから届いた結婚式への招待状を見つけたことを契機に彼氏への不安や嫉妬が湧き上がり(お湯が沸騰する描写)、「普通」に関する会話劇が展開され、なぜか徳永えりが入院しているという病院に一緒に行くまで。特別大きなことが起きるわけではないけれど、ある意味予測不能な展開。これも今泉作品に共通するもの。

今泉力哉監督の作品とは「旅」なのではないだろうか。それも、行き当たりばったりで予測不能で、偶然誰かに会っちゃったりして、そして最終的には元いた場所に「なんの成長もなく」戻ってくるまでを描いた。『インターステラー』のような大きな映画とはまるで正反対だけど、同じ“行って帰ってくる”映画。行って帰ってきたり、同じところをぐるぐるまわることで、元いた場所の魅力に気づく。変わらずにあるその日々に感謝する。その肯定がとても気持ちいいし、その世界に生きる有村架純も最上級にかわいい。

ポップカルチャーをむさぼり食らう(2020年3月)

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映画

今となってはあんまり行くべきじゃなかったと思うし、それを嬉々として話すのはちょっと違うのかもしれないけど、3月の前半に観に行った映画や演劇のことはちゃんと記しておこうと思う。3月もいい映画がたくさんあった。

3月3日にわざわざ有給をとって2つ試写会に行った。『はちどり』と『ストーリー・オブ・マイライフ』。どちらもハゲそうになるくらいおもしろかった。『はちどり』は1990年代中ごろを舞台にした韓国映画で、その激動だったらしい時代の様子を中学生の女の子の目を通して描いている。キム・ボラという監督の初長編映画みたいなのだけど、青春映画でありながらまぎれもない社会派映画でもあり、ウニというヒロインに降りかかる現実に人の熱と冷たさ、世界の美しさと汚さ、感情の高鳴りと沈みといったあらゆる事象が混じり込んでいて、ミニマルな作風でありながら激しく心を揺さぶられる。一昨年くらいにはやってた『82年生まれ、キム・ジヨン』と時代感がかなり被ってるので読みたいと思いつつ、なかなか読めていない…。個人的には2月に観た『魚座どうし』と、このあと書く『レ・ミゼラブル』とも同時代の映画だなという感想を抱いた。絶望はいつだって下のほうに沈殿して、子どもはそのなかに埋もれてしまう。

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公開が夏に延期になってしまった『ストーリー・オブ・マイライフ』もギリギリ試写に滑り込んだ。というかその試写室で公開延期が急遽発表されて、そのときは残念だなぁと思ったけど、今となっては当然の措置だったなと思う。若草物語のストーリー自体を知らなかったからはちゃめちゃに楽しかったし、どう考えてもやっぱり俳優陣の豪華さがおばけ。主演のシアーシャ・ローナンはいちばん好きな海外女優だし、エマ・ワトソンティモシー・シャラメももちろん見目麗しくて好きだし、『ミッドサマー』のフローレンス・ピューを違う映画ですぐに観れたのもうれしい。四姉妹のもうひとりを演じたエリザ・スカンレンという女優もとてもよかった。いわゆるハリウッド超大作というタイプの作品だからハリーポッターとか並みに装飾や美術が凝られていて、全時間画面が美しい。そういう映画をグレタ・ガーウィグという大好きな監督が撮っているのもうれしいですね。

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4/17公開予定の『劇場』も試写で観た。又吉の原作が大好きだから、正直主人公に山崎賢人を当てるのは違うだろと思ってたし、実際に観てみてもやっぱり山崎賢人は違うだろうと思う*1。ただ、この映画に関しては山崎賢人演じる永田の物語と同じかそれ以上にその永田の彼女である沙希ちゃん(松岡茉優)の物語になっていたので、松岡茉優が素晴らしすぎるからオールOKという気分でいる。松岡茉優は完全に沙希ちゃんだったし、その徐々に変わりゆく姿を私たち観客は目で追うことしかできないから、かなり苦しい。山崎賢人という“アクター(劇作家であり、役者でもあり、変人でもあるという点でのアクター)”とそれをずっと見ている“リアクター”の松岡茉優。永田はなかなかに狂った人物なのだけど、やはり気になってしまうのはその狂った人に対してどうリアクションをとるのかという沙希ちゃんの表情のほう。そしてその松岡茉優の演技が完璧だから、映画もかなり高いレベルへと押し上げられている。この映画の沙希ちゃんと松岡茉優についてはちゃんと書きたいな。

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そしてもう一本試写に…。今泉力哉監督の映画『街の上で』(5/1公開予定)。昨年の10月に下北沢映画祭で観て以来2度目の鑑賞ですね。もうね、そのときから決まってたんですけど今年マイベスト映画はこれで決まりです。2回観てもゲラゲラ笑っちゃうし脚本の緻密な構成にまで気づいちゃって、もうお手上げなんすよ。今泉監督の映画は2、3年前くらいから注目して観てきたけど、「こんなに緻密な話書けたの!?」とちょっとディスり気味に驚いてしまう。キャラクターが強い映画を撮る人という印象があったから、(『退屈な日々に〜』とかもちろんすごいですけどね)本作はキャラクターも立ちまくってるしストーリーも繊細で、おまけに変わるものと変わらないもの、変わってほしくないものと、過ぎゆく時間を活写しようとする作家性も強く浮き彫りになりつつ、これ以上の作品が今後出てくんの!?といくら褒めても褒めきれない。これもちゃんと作品評をリアルサウンドで書かせていただきたい。無理だったらブログに書く。


映画『街の上で』予告編

3月公開の新作映画だと『レ・ミゼラブル』と『もみの家』がとてもよかった。どちらも年間ベスト級に好き。『レ・ミゼラブル』はヴィクトル・ユゴーのやつとはほぼ関係なく、現在のフランス地方都市の「悲惨な(Les misérables)実状」を描いた映画。忖度と間の読み合いでひどい現実の延命措置を取ろうとする大人たちと、それに対比して子どもが配置されていて、世界のどうしようもなく汚れた空気は下のほうに溜まっていってしまうのだなという感覚を新たにする。それは『パラサイト』が訴えかけた上下の感覚にも通じるものだ。本作では神の視点のようなドローンが“上下”の感覚を呼び起こし階段での攻防戦を誘引するに至るまで、そこに現代映画のトレンドを感じずにはいられないし、個人的にはその点において『魚座どうし』『はちどり』も本作の本質を共有している映画だと思った。ラストの訴えかけ、映像の底知れぬパワーがほんとすごいのでぜひどこかのタイミングで観ていただきたい。

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『もみの家』はけっこう期待してました。というのも主演の南沙良さんへの思い入れの強さと監督の坂本欣弘さんの前作『真白の恋』が大好きだったから。真白の恋富山県を舞台にその壮大な自然風景のなかで瑞々しくも辛い恋模様を描き出していたけど、本作の舞台も再び富山。高校にうまく馴染めず引きこもりがちな少女が富山の自立支援施設で同じ境遇の若者と日々を過ごし、徐々に変化していく物語だ。あらすじを観たときからなんかありきたりな話っぽい…と思ったのだけど、よくある話も描き方によってこうもおもしろくなるのかと…そこがいちばんの感心ポイント。高校の教室や家の自室といった閉ざされた空間から富山の大自然へと解き放たれた映像に主人公・彩花の心の開きも投影されていて、ささやかながらダイナミックな感情のドラマに僕は涙が止まらなかった。南沙良という女優は、閉ざした心を徐々に開いていく女の子の役ばかりこれまで演じているのだけど、その集大成的な成長も感じられたし、もっと違う役も観てみたいなと思った。3月にNHKで放送された『ピンぼけの家族』の感じとか、昨年の正月ごろに放送されたドラマ『ココア』の感じももっとみたい(こう振り返るとやっぱりめっちゃ観てる)。森七菜、清原伽耶と並んで坂元ドラマか是枝映画に出てほしい若手女優。

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シネマヴェーラではソヴィエト&ジョージア映画特集というのが3月にやっていて、めっちゃ行きたかったのだけど結局こういう時期なんで一本しか観られなかった。でもその一本『私はモスクワを歩く』(ゲオルギー・ダネリア/1963)という映画がフランスのヴァカンス映画みたいにフワフワピチピチしていて最高だった。フィルムの状態が悪くて途中で2回中断してしまうというハプニングもありつつ、この「待つ」感覚は現代ではなかなか味わえないなと楽しんでいた。めちゃくちゃ待っているわけでもないんだけど、スマホのある空間からも断絶され、それしか待っていない状態。電車とホームを使った動線劇がさいこう。『ホットギミック』の影響元であると睨んでいる。

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2月に行ってグッと心を鷲掴みにされたエリック・ロメールのオールナイト上映第2弾が3月にもあって観に行った。こんな時期だけど前回よりも人が増えてた感じはしましたね…。レアな作品が多かったからでしょうか。今回もロメールの映画を4本鑑賞。1本目に観た『飛行士の妻』がベスト。めっちゃかわいかった。これ『街の上で』とほぼ同じ構成やん、と思ったんですよね。内容は全然違うんだけど。今泉監督がこの映画を観ていても観ていなくてもおもしろいなと思う。メインストーリーがあったとすると(もともとそんなものロメールの映画にはほぼないけど)、サブストーリーの存在感が思わずして大きくなるのがロメール映画の醍醐味のひとつなんだろう。『飛行士の妻』では、主人公の男の子がある男を尾行していたらその途中でなんか女の子に出会ってしまって、なぜか一緒に尾行したり、話が盛り上がったりしてそっちのストーリーが盛り上がってしまう。そこで出てくる女優も軒並み魅力的だから、終わったあと「え?結局なんの映画やったん?笑」とは思いつつ映画全体を見渡したときの満足感が半端ないんだよな。ロメール映画、次はいつ観れるかな。

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あと家で観た映画だと『彼女たちの舞台』というジャック・リヴェットの作品も良かった。弛緩し切ったフランス映画なんだけどロメールと同じく会話劇が楽しいし、舞台装置が示唆に富んでいる。


ドラマ

3月の初めごろは坂元裕二の朗読劇へ向けて『カルテット』を見返していた。残念ながら朗読劇のほうは中止になってしまいましたね……。来春以降に開催するよう調整していただけているようなので期待してその日を待ちたい。カルテットはやっぱりすごいおもしろい。僕のなかでこのドラマは青春ゾンビ(との出会いにもなった)の感想ブログと一体化していて、今回見返すときも一緒に読んだりして、そうするとカルテットに関してはヒコさんの文章が完璧すぎて自分では何も書くことないな…という気分になる(笑)。他の全然関係ない映画とかドラマを観るとき、感想を書くときもかなりあの文章が指標になってるんですよね…。もっと違う文章も書かなくては。

いま一番おもしろいドラマは『有村架純の撮休』だ、と断言してしまいたい。フェイクドキュメンタリーというよりは完全なるフィクションを思わせるテイストで、そのタイトルのとおり女優・有村架純のお休みを描写した1話完結のドラマ。毎回脚本家と監督が入れ替わり、1話ごとの連なりはまったくなく、ただただその脚本家・監督が撮りたい有村架純を撮るというそれなりに前代未聞なドラマ。まだ3話までしか放送されてないけどそこでの是枝裕和監督(1話・3話)と今泉力哉監督(2話)から世界観がぜんぜん違ってて本作のシステムのよさが出まくっている。ちなみに是枝監督回は脚本家は別の人がやっていて、ほぼ自分で監督・脚本をやっている(むしろやっていないのを知らない)是枝監督の過去作からするとかなり珍しい感じに。ただ第1話の兵庫への帰省ドラマなんかまぎれもなく『歩いても歩いても』とか『海よりもまだ深く』だし、第3話みたいな接写(フェチ)ドラマは少し珍しいけど表情と光の陰影での雄弁な語りは是枝映画そのもの。個人的にはやはり今泉監督回の第2話が好きだったりして、おなじみの転写ドラマ(登場人物の性格の似通ってる部分が徐々に明らかになる)が華麗に「反転」したり驚きがありつつ、身も凍る3人会話(これについては「ポップカルチャーをむさぼり食らう(2020年1月)」に書きました)の末に親密で幸福な時間が訪れたり、ちゃんとしかも上質な今泉映画になっていた。有村架純のすばらしさは言うまでもないでしょう。この人しかこのポジションのドラマは撮れないだろうし、第3話の通奏低音として『いつ恋』の音ちゃんが少し憑依していたり、“役者に宿る記憶”という面でも適役。本田翼や川口春奈YouTubeをはじめるなか、フィクションにもまだまだできることがあるぞという強さが垣間見える。これ、めっちゃいいドラマなのだけどWOWOWTSUTAYAプレミアでしか観れないので、もし興味あれば全話出揃ったあたりにTSUTAYAで1ヶ月無料登録とかして観てください。

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追っていた『伝説のお母さん』と『コタキ兄弟の四苦八苦』の最終回はともにすばらしかった。春ドラマは野木脚本の『MIU404』と石原さとみ主演の『アンサングシンデレラ』『浦安鉄筋家族』『捨ててよ、安達さん。』『美食探偵』あたりは観ようと思ってる。ただ最近すこぶるドラマを追うのが億劫になりつつあるんだよな…。とりあえず映画館にも行けないことだし初回放送はたくさん観よう。

 

ハロプロ

今月のハロプロは激動でした。今月というよりこの一年くらいずっと激動ですが…。春のハロプロ全体コンサート「ひなフェス」は無観客で行われ、そこでアンジュルム室田瑞希さんが卒業。3月30日に開催を予定していたこぶしファクトリーの解散ライブもまさかの無観客となり、誰一人ファンのいない東京ドームシティホールでの解散ライブに。いやぁ悲しすぎませんか。僕は運良くJ:COM契約なのでCSでライブ配信をみたけど、ひなフェスのほうなんかはけっこう辛かったな…。その悲しい感じもあったからこぶしの解散ライブなんて目も当てられないんじゃないかと思っていたけど、これがとびきり楽しいしめっちゃ泣かせてくるし、とってもいいライブだった。まぁそれでもあっさりしすぎてる感はあるんだけど、「辛夷の花」とかプロフェッショナルなそれぞれのコメントとかめっちゃよかったな…。4月1日からSNSアカウントを開設するメンバーがいたり(はまちゃんとあやぱんのやりとりとてもよい)、ハロプロに残ったれいれいはJuice=Juiceに加入したり、それぞれの未来がはじまってるのが見えてうれしいですねおじさんは。

Juice=Juiceはれいれいの加入もありつつ、6月には中心メンバーの宮本佳林ちゃんが卒業してしまったりはあるもののそこまでエンジン全開でいこうとしてるというか、最近の勢いがすごい。新譜の「ポップミュージック」と「好きって言ってよ」がとにかく良曲なのだ。


Juice=Juice『好きって言ってよ』(Juice=Juice [Tell me that you love me.])(Promotion Edit)


演劇、マンガ、音楽、YouTubeエビ中……

コロナ禍でもギリギリ上演された演劇、玉田企画の『今が、オールタイムベスト』を東京芸術劇場シアターイーストで。玉田企画の演劇は今まで4作品くらい観てきたけどぶっちぎりでおもしろかった。話もうまくできてるというかあぁまぎれもなく玉田企画だなと思わせるストーリーなんだけど、なんてったって役者の個性がぶっ飛んでる。俳優たちが繰り出すアグレッシブな言葉と目まぐるしく変わる表情に何度も不意を突かれながら、どこまでいっても悪目立ちする“個”が、ときおり連鎖的なつながりを見せる瞬間にハッとしたり。テニスコートの神谷さんに惚れてしまったので、コントを観にいきたい。

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『A子さんの恋人』の第6巻が発売された。なんかもうおもしろすぎてつらいです。タイムサスペンスの色が濃くなりだしたストーリーの構成も楽しいし、豊かな比喩表現にいちいち巧さを感じる。A君とU子の幸せを願いながら最終巻を待ちたい*2

A子さんの恋人 6巻 (ハルタコミックス)

A子さんの恋人 6巻 (ハルタコミックス)

  • 作者:近藤 聡乃
  • 発売日: 2020/03/14
  • メディア: コミック
 

最近、どう考えてもYouTubeの質が上がってきている。芸能人の大量参入が要因であることは言うまでもなく、それでいて一般YouTuberもそこまで戦々恐々とせず、ブラッシュアップしながらも自分たちが楽しいと思う動画を自分たちらしくあげつづけているように見える。水溜りボンドの動画を久しぶりに観てそう思った。


【ドッキリ】尊敬する先輩と後輩が全員つまんなかったらトミーどうする??

芸能人のなかだと佐藤健YouTubeはハンパないっすね。俳優4人の旅の模様を収めた動画は、一個見終えた後にはやく続きが見たくてしょうがない。もはや大役者なのに佐藤健の友だちとして出てくる神木くんの立ち位置がとてもいい。


「TAKERU NO PLAN DRIVE」#1

あと最近ハマってるのはニューヨークのYouTube。いやぁテレビやラジオとはまた違うけどちゃんとクオリティの高いコンテンツになっているし、ちょいちょいポスト千鳥の枠はこいつらなんじゃないかという匂いがしてアツい。ラランド、ひょっこりはんをはじめとした「学生芸人出身」の芸人を集めた動画が完全にアメトークをやってしまっていて、加えてニューヨークをガチで尊敬する若手芸人の姿が垣間見えたり、大学生の青いエピソードに花を咲かせたり、めちゃくちゃおもしろかった。テラスハウスの事件をこれ以上なくうまく語る屋敷(と見ていないながらも的確な意見と笑いを送る嶋佐)の動画も最高。


元学生芸人大集合!大学お笑いサークルってどんなとこ?

これは4月に入ってしまうのだけど今書かないといつ書くんだという感じなのではみ出して書くと、ここ3、4日くらいで私立恵比寿中学にどハマりした。一本の動画を20分くらい観ただけで、完全に沼に突っ込んだ感覚があったのだ。まず全員の歌の衝撃的なうまさに打ちひしがれ、なかでも柏木ひなたさんの歌声に惚れぼれし、10年間の怒濤のアイドル史をざっと振り返り、そこでメンバーのひとりである松野莉奈さんが2017年に急逝してしまったという事実を知り、それとほぼ同じことが書いてあった佐々木敦さんのインタビューを読み(きっかけはYouTube | 佐々木敦、アイドルにハマる 第1回 - 音楽ナタリー)、「感情電車」に心を揺さぶられ、無料公開されているドキュメンタリー映画3本あるうちの2本まで観て、いまは小林歌穂さんの歌声にやられています。吉澤嘉代子みたいな声をしてるし、吉澤嘉代子が楽曲提供してるときの小林さんの歌声なんかもう吉澤嘉代子になっちゃってる。動画をたくさん見漁ったり歴史を深掘りしたり、今がオタク気質の性格をやっていていちばん楽しい時期であることは間違いないので、ぞんぶんに沼にハマっていきたい。家にいることも多いだろうから、今までに出会うことがなかったものに恋をしたりする瞬間があれば、僕はそういう話をみんなに聞いてまわりたいと思っている。個人的にはいっぱい映画をレンタルして観るつもり。楽しい。この日記も実は2年目に突入したんですけど、これからもたくさん楽しいことを記録していきたいな。


私立恵比寿中学 「クリスマス大学芸会2018 DAY3~スペシャルロイヤルケーキ」LIVE映像


《4月にみたいもの_φ(・_・ 》

『82年生まれ、キム・ジヨン』/クシシュトフ・キェシロフスキ作品/ジャック・リヴェット作品/ロベール・ブレッソン作品/『マンハッタンラブストーリー』/テッド・チャン『息吹』/又吉直樹『人間』

*1:冒頭数分間のいっちゃってる目には無条件に惹きつけられる。

*2:A子さんの恋人の感想をツイートしたら今泉監督にいいねされたんですけど、これは今泉監督が映画撮るってことでいいですか??違うんですか?

ポップカルチャーをむさぼり食らう(2020年2月)

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最近の僕のいちばんの関心事といえば(カルチャーの話です)、「この作品はおもしろい/おもしろくない」あるいは「この作品は社会的価値がある/ない」とかって、誰がどういう風に決めるの?っつうやつ。もちろん答えは決まっている、私たち一人ひとりだ。だけどその個人の感性が他人の意見によってあらぬ方向にねじ曲げられてしまう、ということが往々に起こりうると思う。ねじ曲げられてしまった結果、自分が最初に持った考えを見失ってしまう、そういうことってありませんか? 僕はねぇ、けっこうあるんですよねこれが。観たい作品を選ぶ瞬間から観てる最中、観終わったあとまで。他人の影響を受け過ぎて、「あのときにこういうことを思った」という原初的な想いがこぼれ落ちてしまうことがよくあるんです。こうしたことを考えるきっかけは今月たくさんあったんだけど、いちばんには『二重のまち/交代地のうたを編む』というドキュメンタリー映画を観た影響が大きかったかな(作品については後述)。何が言いたいかっていうと、「人の感性や記憶はめちゃくちゃ変化しやすい」ってことなんですよ。だから、できるだけ取りこぼさずに、感じたことを言葉にして記憶に留めていきたいなぁと思うのです。それがこの日記の目的でもあるのだと強く心に留めおきながら。

 

映画

旧作を掘ることについに本気になった僕は、定額の借り放題サービス「TSUTAYAプレミアム」に入会した。新宿とかのTSUTAYAに行っちゃうとだいたいなんでも置いてるので、これで月10本くらいは観たいと意気込んでいる。ひとつ問題なのは、(旧作は)DVDに返却期限がないこと。「返す」のが義務化されないある意味天国のような世界では、思っていたよりも「観る切迫感」が薄れてしまい……。でもただいま第5次くらいの映画ブームがきている感じなので、好きなやついっぱい観てる。

ここにきてハマったのがホン・サンスの映画。今泉力哉の韓国版みたいな(実際は逆だけど)、とにかく恋愛と、恋愛にまつわる会話劇しか撮らない監督の作品にズブズブやられている。時代感バラバラに『正しい日 間違えた日』(2015)『それから』(2017)『ハハハ』(2010)の3作を観て、「ずっとおんなじことしてるやん!」と思わずツッコんでしまうほど、大人のちょっとダメで不器用な恋愛模様が終始画面を支配していた。『正しい日 間違えた日』がとても好きだ。全シーン、全言葉、全空気が身近に感じられるほど普遍的で、それだけ平凡でもあり、でもそこにささやかな日常のドラマが加わる瞬間に信じられないほど心を掴まれてしまう。映画監督をやってるおじさん(主人公)が映画上映の際に訪れた地で若い女性に恋をしてしまい、アプローチの仕方に苦戦する話です。ほんとそれだけの話。でも煌めいたシーンがいくつもある。

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ホン・サンスに加え『最高の離婚』とかの影響もあり、会話劇が好きだったことを思い出したわたし。ホン監督の影響元でもある恋愛会話劇の原点、フランス・ヌーヴェルヴァーグが生んだ奇才、エリック・ロメールの作品を観るために新文芸坐で開催されたオールナイト上映に駆け込んだ。ロメールの監督作品は新宿にもどこにもDVDが置いてないレアな感じでしてね……。観たのは『海辺のポーリーヌ』(1983)、『満月の夜」(1984)、『緑の光線』(1985)、『レネットとミラベル/四つの冒険』の4作品。初のオールナイトです。派手なショットのない会話劇だし寝ちゃうかもなぁとか思ってたけど、基本的にびっくりするくらいバチバチに目が冴えていて、途中微妙にまどろんでたのも含めなんか気持ちよかった。

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ロメールの映画、めちゃくちゃおもしろい!! 魅力的な登場人物たちが、ウィットに富んでいたりくだらなかったりとにかく止まらない会話を繰り広げ、身体的な動きはなくとも心の中の感情がぐわんぐわんと蠢き続ける。どれも好きだったけど、ふたりの少女が出会い、共に暮らし、ときに衝突し、心を通じ合わせていく様を4つの短編により紡いだ『レネットとミラベル/四つの冒険』が最高すぎた。まずもってミラベルのプロポーション、話し方、表情がどんぴしゃに好きでしたね…。どの映画でも、必ず人と人とのわかりあえなさを経由しようとするロメール会話劇の鋭さと厳しさ、愛しさを痛感する時間だった。『脚本家 坂元裕二』(ギャンビット)に坂元さんが影響を受けた映画で挙げていた『緑の光線』も、『最高の離婚』の光生みたいな人が主人公ででてきてめっちゃよかった。とりあえずおフランスのヴァカンス映画は至高すぎます…。3月後半にもまたオールナイト上映があるので行きたい。

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とんでもなく心に刺さる映画を観た。こういうとき冷静に作品を論じることが難しくなるし、あんまりぐずぐず考えてると感性がふっ飛んでしまうなぁと思うので、沈黙のもとでこの幸せを噛み締めている。でも得てして、いい作品に出会うと言葉が溢れて止まらなかったりもする。困る。グザヴィエ・ドランの監督作品は一気に全部観た時期があったんだけど、こんなに好きになったのは初めてだった。3月にユジク阿佐ヶ谷で過去作上映やるみたいなんでこれまでの個人的ドランベストだった『わたしはロランス』は観にいこうかな。168分もあったことに驚愕してるけど。今回のブログもなんとなく緑色で染まってきたけど僕、緑色がめちゃくちゃ好きなんですよね。

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2月22日と23日のこと。東京都写真美術館で「恵比寿映像祭」というのが開催されていた。そこで『空に聞く』(小森はるか)と『二重のまち/交代地のうたを編む』(小森はるか+瀬尾夏美)というドキュメンタリー映画を観て、その映像表現の豊かさに心底惚れきってしまった。小森はるか監督は、昨年劇場公開された『息の跡』が映画界隈ではそれなりに話題になっていて気になっていた映像作家。3.11後に画家で作家の瀬尾夏美さんと共に陸前高田に移り住み、その地と人々の記録を軸とした芸術活動を行ってるんだとか。

ドキュメンタリーってほんと滅多に観ないんでテクニカルなことは何も語れないのだけど、彼女たちの作品がもつ余白とそれによる雄弁さに、観ている最中も観たあとも無条件に思考が止まらない状態にさせられてしまう。特に驚いたのは『二重のまち/交代地のうたを編む』。

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これは、東日本大震災の当事者でない(と感じている)4人の若い男女が陸前高田へ赴き、その土地の人・被災者と対話を重ねながら、最後には自分の言葉で彼らの体験を「語り直す」ことを試みる、その姿をとらえた作品である。こういうことが書かれた作品紹介文を読んだ瞬間に(あんまり使わないほうがいい言葉かもしれないけど)「おもしろそう!」とビビッときて、その試みを見届けたいなぁという気持ちになった。ぜんぜんやってることは違うけど普段から「受けとったものを自分の言葉で語り直す」ということを実践しようとして(あまり成功していないでい)る身だから、強く惹かれたのかもしれない。

都写美の地下に展示されたインスタレーション『二重のまち/四つの旅のうた』(これは映像と絵画、テキストによって多面的な視点から「語り」を可視化しようとする試み)との接合をもってして、時間、場所、記憶の「空白」を共に掴まんとする。作家・旅人・被災者の三位一体によるその行為に大変な意義を感じて感嘆しつつ、どうしようもなく浮き彫りになるのは人と人の“差異”だ。でも4種類の語り直しの差異が、被災者と私の差異を肯定してくれているような感じがする不思議な包容力があった。それは旅人たちのある会話ーー「難しいとは思うけど、被災者の方が話してくれたそのままの話し方と感情で語り直していきたい」「でもそれって自分の経験談でも難しいよね」ーーにも現れているだろう。わたしたちはいつも何かを取りこぼしてしまい、うまく言葉にすることができない。それでも「語り直そうとする」その意志こそが、空白のなかを生きる唯一の手段なのではないかと。

先日、同い年でその当時福島に住んでいた女性(現在は自衛隊看護師として従事している)にインタビューする機会があり、「あの日は中学校の卒業式だったんだよね」と記憶の一部が一致することがあった。本作にも同い年の男の子が2人出てきて卒業式の話をしていて、交わることなくそれぞれに進んできた時間の残酷さと尊さを同時に感じたり。そんな風にしてこの世界にはそこここに空白があるけれど、きっとその空白は埋まるはずだという希望が、本作からは強く発せられているような感じがした。

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2月23日。二重のまちを観てホクホクした気持ちで浮き足立つなか、いま最も期待している若手映画監督・山中瑶子さんの新作短編『魚座どうし』を鑑賞。圧倒的天才すぎて、なす術もなく打ちひしがれてしまう。とにかく濃密な30分、ずっと高密度な緊張感が持続するめちゃおもしろい映画でした。例えばシャブロルの『野獣死すべし』冒頭みたいな、期待と残酷さが絶妙にないまぜになった「うわぁ終わっちゃった!」なラストがたまらなく気持ちいい。はやく彼女の長編映画が観たい。

先月のカルチャー日記でも試写で観て大はしゃぎしていた『架空OL日記』なんですが、このたび劇場公開されて再鑑賞し、この映画のすごさに改めて圧倒されている。ほんと奇跡のような、絶妙な配分で成り立っている映画だと思う。作品レビューにて「私たちは私たちの日々を歩いていくしかない」的なことを書いたものの、できることならばあの架空の日々にずっと埋没していたい。せめて年一回でいいから、彼女たちの続きの日々を見せてほしい。とにかくバカリズムは天才だ。バカリズムのコントって基本的に“架空の人物”を相手にした会話劇が主軸だと思うんだけど、『架空OL日記』はその架空に身体性が付与され(小峰様コールやマキちゃんのジムでのガチさ、さえちゃんのふにゃふにゃした受け答えなど、彼女たちに身体が宿ることで、テキストベースの日記にはない笑いが増幅する)、加えていつもゆうなればボケ倒しているバカリズムが彼女たちに“ツッコむ”ことも可能になるという。これはバカリズムコントの「リアルさ」と「笑い」を同時に追求する姿勢において、最適解に近いものなのではないかと思う。

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他にも2月は、震災後の映画としてこれまたなかなかできないことをしている『風の電話』、意表をつくストーリーテリングで男性性の脆弱性を浮き彫りにする『BOY』、ずっと喋り続けてるアダム・サンドラーがエグい『アンカット・ダイヤモンド』などなど、1月に引き続きいい映画ばっかりだった。ここは長くなるので割愛します。

 

ドラマ

今期のドラマ、結局毎週楽しみにしてるのはあまりないんですが、2月1日に初回放送があった『伝説のお母さん』はその初回からしてめちゃくちゃワクワクするおもしろさで、以降いちばんの期待を込めて観ている。『腐女子、うっかりゲイに告る。』とか『だから私は推しました』のNHKよるドラ枠ですね。脚本は演劇ユニット・玉田企画の玉田真也。原作は漫画らしいんですけど、ここまでまとまったストーリーにしてる玉田さん、すごすぎて玉田さんってこんなことできるの?!と度肝を抜かれてます。第1話に感じたワクワクとはちょっと違う方向に行ってる感じもするけど、本来ボスになるはずの魔王の立ち位置のおもしろさとか玉田企画常連の前原瑞樹のウザさとか、あと前田のあっちゃんの飛びきりのかわいさとか、見どころがたくさんあります。結末が気になる。

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1月に『それでも、生きてゆく』を観たそのままの勢いで坂元裕二作品『最高の離婚』、『問題のあるレストラン』(これは2話で頓挫)、『東京ラブストーリー』をビンジウォッチ。『最高の離婚』、はんぱねぇなこれ。坂元裕二大好きなくせして今まで(途中までは観た記憶があるのだけど最後まで)観てなかった本作、やっとぜんぶみた。好きすぎる。いや、好きすぎるぞ。とりわけ第7話の、この世のほとんどは「届かない手紙」と「通じない思い」でできてるのだなと実感させられるシークエンスは素晴らしかったです。あと最近みたいろんなカルチャーを本作と無意識に結びつけてしまっている自分がいて、「坂元裕二的」なものを欲する身体が出来上がってたんだなと感心した。一部書き出しましょう。mellow(「ほとんどの好きって気持ちって、表立ってやりとりされないものでしょ?」)、テラスハウス(人間の複雑さ、曖昧さ)、心の傷を癒すということ(尾野真千子と映画館)、だから私は推しました(アイドル沼とAV堕ち)、かが屋(居酒屋での会話のグルーヴ)、ジョジョ・ラビット(最後のダンス)、マリッジ・ストーリー(よりよい関係性を模索しようとする姿)。あと勝手にふるえてろ(聞き手のいるかいないのかわからない会話)とか。坂元裕二が僕のカルチャーの根源であることは間違いないです。八千草薫さんもすばらしかった……。『架空OL日記』もそうだけど、会話劇だけで展開しつつも豊かさに満ちたこういう日常のドラマをずっと見ていたい。

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女性のエンパワメント的ドラマ『問題のあるレストラン』は時代感によるものか、男性のクズさがグロすぎてさすがに観るに耐えず2話で頓挫。春にリメイクをやるといういいタイミングだったんで『東京ラブストーリー』に移行した*1。個別エントリーにも書いたけど、赤名リカの人物造形がとにかくすばらしい。昨年めっちゃ聴いた楽曲、Juice=Juiceの『「ひとりで生きられそう」って それってねぇ、褒めているの?』を地でいくようなキャラクターで深く共感してしまう。この勢いで90年代と00年代のドラマを掘ろうとちょっと意気込んだものの、『恋のチカラ』を2話まで見て停滞してる。クドカンドラマとかちゃんと観てみたいっすね。

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あとNetflixドラマの『ノット・オーケー』もよかった。『ストレンジャー・シングス』プロデューサーと『このサイテーな世界の終わり』監督のタッグ作という触れ込みどおりのおもしろさで。『このサイテーな〜』ほどキャラクターに愛着は湧かなかったけどなんといっても最終話がすばらしい。

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マンガ

2月に読んだマンガたち。

アンダーカレント  アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

  • 作者:豊田 徹也
  • 発売日: 2005/11/22
  • メディア: コミック
 
ハウアーユー? (フィールコミックス)

ハウアーユー? (フィールコミックス)

  • 作者:山本美希
  • 発売日: 2014/09/08
  • メディア: コミック
 
近所の最果て 澤江ポンプ短編集 (torch comics)

近所の最果て 澤江ポンプ短編集 (torch comics)

 

澤江ポンプ氏の短編集『近所の最果て』は日常に潜む“すこしふしぎ”がちゃんとSFにつながったりしていておもしろい。他の3作品はぜんぶ「突然大切な人がいなくなる」系の一冊完結漫画で、なぜだかわからないけど同系統の漫画を選びとってしまっていた(先月は『違国日記』読んでたしな…。無意識でした)。でも当たり前に筋書きと結末が違うからおもしろいよね。ただどの作品も、「大切な人を失った主人公」に寄り添うことができる人物がひとり出てくる点で空気感に共通するものがあった。個人的には『アンダーカレント』(2005)の絵の質感、その美しさとどんよりと不安が押し寄せるドロドロした汚いものが表裏一体になってる感じが好き。朝井リョウの『どうしても生きてる』もチマチマ読んでるんだけど、「“もうここにはいない誰か”と“いま主人公の近くにいる誰か”のふたりによって立ち上がってくる主人公の“生”」という点でかなり共時性を感じる。

 

演劇

漫画と違ってこっちは知っていながら意図的に選びとったのだけど、「境界線」「分断」というテーマを共有したふたつの演劇を観た。

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ロロ『四角い2つのさみしい窓』とほろびて『ぼうだあ』。どちらも舞台表現の可能性を最大限に突き詰めながらこのテーマに取り組んでいて、まだそんなにたくさん演劇を観ているわけじゃない自分にとってはとても刺激的だった。ロロの演劇は「分断」を「親密」に反転させてしまえる強さと優しさがあり(サントラがほしいほど音楽がよかった)、ほろびての演劇は家の中に突如現れた「線」=「家族のなかの境界線」の話がシームレスに(というよりはやや強引だったのだけどそれがむしろよかったかも)「分断された世界」の話につながっていき、最終的に人間の細胞レベルの超ミクロな話に及んでいく感じに鳥肌たった。

3月は玉田企画の演劇が楽しみだけどやってくれるかな〜?

 

<3月にみたいもの_φ(・_・>

テッド・チャン『息吹』/『違国日記』4、5巻/ペドロ・アルモドバル作品/『82年生まれ、キム・ジヨン』/山崎ナオコーラ『ボーイミーツガールの極端なもの』/『マンハッタンラブストーリー』/ジャン・ユスターシュ作品/シネマヴェーラの「ソヴィエト&ジョージア映画特集」/『A子さんの恋人』第6巻

*1:『千鳥のニッポンハッピーチャンネル』内のドラマ『ロングロード』のあとにトレンディドラマをやろうとするなんて、飛んだ命知らずだぜ。

ただひたすらに幸せなーー『架空OL日記』が晴らす“月曜日の憂鬱”

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YouTuberのモーニングルーティン動画ばりに長尺でみせる〈私〉(バカリズム)の朝の日常風景。例えば、洗面所の蛇口をひねってからトイレに行くという決まりきった日々の動線(用を足している間に水がお湯になっているという算段)に現れているように、どんなモーニングルーティン動画よりもリアルな“生活感”が、このアバンタイトルのもつ魅力である。自分が設定したはずのスヌーズ機能に苛立ち、何度も買い足したリップクリームが、ある朝のくちびるを救う。“給湯室連続スポンジ事件”の犯人が「無自覚だけどたぶん〈私〉だ」という姿や、朝つけたエアコンがそのままになっていることに気づき愕然とする様も含め、そこにあるのは途切れずに続く確かな日常の営みだ。それは「生活する」ということのこれ以上ないまでの描写でもある。同じことが繰り返され、無意識に日々は淡々とめぐる。

そういう“変わらない”日常の物語であるからこそ、あの銀行の女子更衣室に今日もキャッキャした女子行員たちの声が響きわたる。『架空OL日記』は劇場版であってもドラマ版から“なにも変わらず“、そこにいてくれた。「調子に乗ってるみたいだから」と略称で呼ぶことを避ける律儀な酒木さん。誰よりも同僚思いな救世主・小峰様。とことん〈私〉と気が合うマキちゃん。天然な性格で場を和ませるさえちゃん。素直で純粋なかおりん。誰も欠けることなく、誰もがそのままで。わたしたち観客も彼女たちの性格を吸収してしまっているから、例えば酒木さんが「インスタグラム」と2度言ったあたりで、先読みしてそのおもしろさに気づいてしまう。劇場に広がるそのクスクスッという笑い声さえもが愛おしく感じてしまう瞬間がある。

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なにも変わらないからこそ、「月曜日の憂鬱マイレージが貯まったらタヒチボラボラ島に旅行へ行こう」とか言う非日常的な夢が一層キラキラして見えたりもする。でもだからといって、淡々とめぐる日々がただつまらないというわけではないだろう。そのことは、この永遠に続けばいいのにと願い続けてしまう100分間の映像を観れば明らかだ。でも欲を言うと、ボラボラ島でバカンスしてる彼女たちの姿も見たい、見たすぎる……。

劇場版では終盤に「変わらない日常」からは少し逸脱した「特別なイベント」が起きる。ある人物がそのことをさりげなく発表しようとした場面で、2度同じことをさせた〈私〉の姿がとても印象的だった。「同じことを繰り返す」「幸せな瞬間をともに噛み締める」その眼差しの優しさにグッときてしまうのだ。それはまさしく『架空OL日記』が何度も何度も綴ってきた日々の優しさでもあり、月曜日の憂鬱さを軽くしてしまうほどのパワーを持つ。

ああもういちど 生まれてよ月曜日

ドラマ版と同じように、『架空OL日記』は無残にも終わりを告げる。なぜあんな終わり方をするかといえば、〈私〉がいる時点であの世界が架空なものになってしまうからであり、〈私〉がいない世界では彼女たちの日々は変わらずめぐり続けるから、なのだろう。彼女たちの日々はわたしたちの日々でもあり、その日常はこの映画が終わっても当然のように続く。それでも“架空OL日記”の続きを求めてしまう自分と“対面”しながら、わたしたちはすぐそこにある明日に向かって歩いていく。それが、ただひたすらに幸せなことなのだと強く噛みしめながら。

赤名リカ、その存在の証明/坂元裕二『東京ラブストーリー』

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輝くほど真っ白なコートに身を包み、まっすぐでピュアネスな恋心を交感させるリカとカンチの恋物語、『東京ラブストーリー』。飛行機に乗って文字どおり“空から東京の地に舞い降りた”カンチに、まるでそのときを待ち望んでいたかのように惹かれてしまうリカ。“天使性”とでも呼びたくなるような、そのどこまでも純白で軽やかな空気をまとったふたりはお互いの名前を繰り返し呼び合うことで「ここにいる」という実感を確かなものにし、個々の存在を強く相手の心に刻みつけようとする。

本作の放送は1991年。1995年生まれの僕にとっては何もかもが新鮮だったんだけど、とりわけ赤名リカのキャラクター造形がすばらしすぎやしない? あっけらかんとして思ったことなんでも口にしているようで、実は心の奥底に本当の想いを隠していたり、恋敵であるはずの関口に絶妙なパスを出してしまったり。「思ってることをそのまま口にしない」というのは脚本の坂元裕二先生ならではの性格も現れつつ、赤名リカがその(不確かな)存在をなんとか証明しようとし、でも証明しきれなかったりする様に自分でもビックリするほど釘付けになってしまう全11話でした。

赤名リカの存在証明の軌跡は、例えば第1話のラストにおける「帰ろうとして帰らない」所作(トレンディすぎて最高!)や、どこからともなく聞こえてくる「カーンチッ!」という呼びかけに現れているのだけど、それ以上に印象的なのは2度繰り返される彼女の「不在」だろう。逆説的ではあるものの、彼女はその存在感の強さゆえに「不在」こそが最も大きな存在証明になり得てしまうのだ。「“いなくなる”ってことは、“ここにいた”っていうこと」(©︎今泉力哉『退屈な日々にさようならを』)の最大級の形である。

彼女たちがついぞ結ばれることになる第4話の「不在」ドラマもすばらしいのだけど*1、第10話→第11話の一連の流れはまじ半端なく秀逸。「突然消えてしまったリカ」からはじまり、「地元の愛媛へリカを探しにいくカンチ」→「かつて“名前を彫った”と話した小学校の柱に“赤名リカ”の名前を見つける」→「校庭での再会」→「電車の時間をズラし、訪れる不意のお別れ」に至るまで。その柱の名前に加え、駅のホームに結ばれたハンカチーーそこに口紅で書かれた「バイバイカンチ」の文字が、彼女が「存在していた」という事実を強く決定づけることになる。赤名リカはそこに確かにいて、でもいなくなってしまった。

第3話においてリカはある印象的な言葉を残していた。

人が人を好きになった瞬間ってずっとずーっと残ってくものだよ。それだけが生きてく勇気になる。暗い夜道を照らす懐中電灯になるよ*2

いなくなってしまっても、離れ離れになっても、そこにあった確かな存在と「好き」という想いは未来永劫、決して無くならない。だから私たちはその思い出を強く抱きしめて、ずーっと先の未来に向かって歩いていくことができる。赤名リカがその存在をこの世界に強く刻みながら教えてくれたのは、そういう「人生を照らしつづける愛」を信じた生き方だった。

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*1:このあたりが物語の幸福感のピークで、どんどんどんどん辛くなっていくんですよね……

*2:後の坂元作品でも繰り返し語られるこの言葉、ようやくその原典にたどり着きました。この言葉が僕にとっての懐中電灯なんだよな。

ポップカルチャーをむさぼり食らう(2020年1月号)

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この世はすばらしいカルチャー、コンテンツであふれている。しかし当然のことだけど、そのすべてを一個人でキャッチすることはできない。そんな当たり前のことを忘れ、危うくアパートの更新料を払えないところでした。例えば夜遅くにやっていたドラマ、例えば「欲しい」と親に言うことすら憚られたテレビゲーム。少年時代には、物理的に観られない、読めない、できないからこそ出来るかぎり想像を膨らませ、あるいはあるものを最大限にこねくり回して楽しんできたはずだった。幸いなことに、この世界には多様なカルチャーに対する受け手の意見を聞ける場もたくさんある。Twitter、ネットメディア、雑誌、「POP LIFE:The Podcast」みたいな番組も。それを聴いて読んですれば、それだけでも十分楽しめるじゃないか。猥雑にカルチャーをむさぼり食らうのではなく、観たもの一つひとつについてもっと考える時間を設ける必要があるのではないか。そんなことを思いつつ、相変わらずミーハー精神に心が蝕まれ今月も多様なカルチャーに接しましたとさ。めでたしめでたし。

 

ドラマ

昨年末からの個人的課題ドラマだった『それでも、生きてゆく』。お正月のお休みでじっくり観ることができた。これはやはりすばらしいですね。人と人との徹底的なまでにわかりあえない時間を強く刻みつつ、それでも光のほうへ向かって歩みを進めていく洋貴(永山瑛太)と双葉(満島ひかり)、傷つき果てた家族たちを捉えようとする。「何のために悲しい物語があるのか」という問いに対しての洋貴の応答は、「悲しいことばかりで逃げたくなる。だけど逃げたら、悲しみは残る。死んだら、殺したら、悲しみが増える。増やしたくなかったら、悲しいお話の続きを書き足すしかないんだ」だった。このあとに「いや、こんな話どうでもいい」と切り返すのも含めてとても重要なシークエンスなのだけど、かなり合点がいくというか、個人的にもそう思っていた答えが返ってきた。私たちはドラマの登場人物のようにうまく相手に物事を伝えることができないかもしれない。たとえ伝えられたとしても、相手の心に届かないかもしれない。だけど、どんな結果になろうとこのドラマはその悲しみを優しく包み込んでくれる。悲しみの先に進むことを促してくれる。昨年末に観た『象は静かに座っている』も『魂のゆくえ』も、『幸福なラザロ』も『家族を想うとき』も、ただ悲しいだけの映画ではなかったなと思い直してちょっとうれしくなった。

今期のドラマは『コタキ兄弟と四苦八苦』と『心の傷を癒すということ』、『トップナイフ』しか観ていない(2月1日からの『伝説のお母さん』は楽しみ!)。野木亜紀子脚本の『コタキ兄弟〜』はやはり安定の筆致に惚れ惚れするすばらしいドラマだ。山下敦弘がゆるい空気感を創出しながら、お話は軽妙に巧く構築されていく。まだまだどう展開していくのかわからない作品だけれど、毎回案外スリリングで先が気になる。

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14日にTOKYO MXで放送されていた枝優花監督の単発ドラマ*1『スイーツ食って何が悪い!』もらしさ全開でおもしろかった。『放課後ソーダ日和』の男子版ではあるのだけど、その転換だけで男子の欲求と女子世界の魅力を描けてしまうというのは大発見だ。単純にパンケーキ食べたい欲が半端なく膨らんだし、クリームソーダと同じくパンケーキの“シェア”が生み出す心と心の通じ合いにグッときた。

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映画

なんと言っても今月は『パラサイト』でしょう。(いや、そう言い切れないほどに、最高な映画しか公開されなかった奇跡的な月だったんですが。)格差社会における人々の分断という重要な社会的イシューをここまで強く表象しながら、またとないエンターテインメントに仕上げてしまうポン・ジュノの神業。よくできすぎているという批判はあれど、ここまでよくできた映画は安藤忠雄の建築を観るような建築的快感があり、もはや責めるところが見当たらない。個人的にはまずエンタメとして大好きで、「社会派である」という点は案外どうでもよかったりする。ヒーロー映画にノレなくなってきている僕なので、こんなに興奮したエンタメ映画は久しぶりでした。たくさんレビューを読んだので、そのなかから3つよかったものを挙げておきます。

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大橋裕之の原作漫画を7年かけて映像化したという岩井澤健治監督の『音楽』もたいへん楽しい映画だった。とことんまで会話に間をつくっておきながら彼らの言葉は極めて平凡でそれゆえに真っ直ぐ。彼らが放つ初期衝動を濃縮したような「音楽」(タイトルがまずストレート!)もまさしくそんなイメージで、なんの混じり気もないから心に直に突き刺さってしまう。大橋原作のあのシュールな作劇をスクリーンで観られるのはある意味特別感があって終始ニヤニヤしてました。と言ってもぜんぜん『シティライツ』しか読んだことない人間なんですけど、映画化されるみたいだし『ゾッキ』あたり読んでみたいですね。

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ジョジョ・ラビット』は序盤から、苦手なウェス・アンダーソン臭(というより『ムーンライズ・キングダム』感)にやられてウトウトしてしまったものの、ラスト20分がとてもよかった。好みの問題であまりハマらない映画だけど今月の映画で一番おすすめはできるタイプの作品。『リチャード・ジュエル』は、イースト・ウッドの「病めるヒーロー譚」としては今まで以上にストレートな話。真実が見えない時代にはやはりこういう映画が必要だし普通に好きだけど、女性記者の表層的な描写と僕はゲイじゃない!とこだわるジュエルの発言がノイジーで気になる。

今泉監督の『mellow』はあまりにも『こっぴどい猫』と『サッドティー』の焼き直し感がありすぎてちょっとびっくりした(なんせ同じオリジナル脚本の『街の上で』が新境地の大傑作映画なので)。そうではあるものの、「今泉作品とはなんなのか?」を考える際にはとても役立つ映画だと思う。今泉作品っていつも、「話す/話さない」の取捨選択に重点が置かれている。むしろそれだけで物語をドライブさせているのではないかと思うほどに。mellowの冒頭はわかりやすい。花屋に入ってきた女子高生が店員(田中圭)からの2、3の質問に答えてプレゼントとなる花を見繕ってもらい、それを手に店を出ていくまでの時間を長々と、しかし克明に描ききった場面。田中圭は必要以上に聞きたがらないし、女子高生も大事な領域については話さない。観客は少々モヤモヤするかもしれないが、そこでこの映画が誘引しようとしているのは「観客の想像力」なのだろう。思えば『パンバス』の市井ふみ(深川麻衣)も『愛がなんだ』のテルコ(岸井ゆきの)も、自分の心情を「話さない」ヒロインだった(愛が〜はそのぶんモノローグで語られるが)。それは本作の木帆(岡崎紗絵)、あるいは夏目(田中圭)にも投影されている。手紙やラストシーンは、彼女が言葉を選んで「伝えたいことだけ」を伝えているからこそ美しい。わたしたちの想像力が、幾重にも今泉映画の登場人物たちが抱える想いを大きく膨らませることができる。その構造を今泉監督はうまくつくりあげているのだ。一方で「話す」ことで偶発的に生まれるコメディも今泉映画の美点のひとつだ。例えば『パンバス』における二胡やたもつ、『愛がなんだ』のすみれ、『mellow』では告白する女子高生やあの奇妙な夫婦、ラーメン屋においての夏目と木帆の関係性などによって「よく話す」人と「話さない」人の対比が緩やかに生まれているのがおもしろい。

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とりわけあの奇妙な夫婦との会話劇のすばらしさよ。

『サッドティー』(2014)において、彼氏から別れ話を切り出されそうになった女性が(その女の子に気がある)男友達を呼んでなんとか抵抗しようとする場面がある。よくわからない組み合わせの3人が集結したあるアパートの一室。だんだん男性のほうが「別れなくてもいっか」と心が動いていくと、演出的に男友達が透過し、しまいには消えてしまう、というめちゃくちゃ変なシーンがあるのだけど……*2。それとほぼ同じことがあの場面でも繰り返されていて、要するにあの夫婦の間には強固な愛があり、夏目に好きだと言うことなんてごっこ遊びみたいなものだったのだ。結局追い出され(=あの空間から花ごと消され)孤独になってしまうのは夏目の方。しかしあのあとそんなことがあったと木帆に「話す」場面があるから本作にはまだ救いがある*3。そう、ここが『mellow』という映画の実は最も大事な場面ではないか。世界から一方的に追い出されてしまった男が孤独を経由しつつ、真に共感してくれる存在を得る。なんだか自分が生きていていい「世界」がこの世にはたくさんあるのだと実感できるようなシーンだ。これを観て僕は、“好き”と簡単に言ってしまえる「恋」と“世界”を与えてあげる「愛」という、その違いに気づいてしまったような気がした*4。「話す/話さない」の取捨選択は結局コミュニケーションについてのお話にもつながっていて。こういう映画って得てして大好きなんだよなぁ。「ほとんどの好きって気持ちって、表立ってやりとりされないものでしょ?」。セリフのセンスがすばらしい。

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岩井俊二監督の『ラストレター』は濃密すぎる岩井俊二映画でもう最高っしたね。同窓会、そして手紙と冒頭から「嘘」を配置し、徐々に主人公が(この場合は乙坂鏡史郎が)「本当」を見抜いていく様子は岩井作品に通底する作劇のあり方で、その「本当」あるいは「神秘的なもの」を広瀬すずや森七菜といった(この世のものとは思えない輝きを放つ)女優が演じきることによって本作の価値は最大化される。広瀬すずの存在感あってこそなのだけど、僕はとりわけ森七菜の演技に面食らってしまいました。雑誌「SWITCH」の岩井俊二特集号(全体的にいい内容!)で鏡史郎を演じた神木くんが森七菜についてこう評価していた。

「芝居していないような芝居」って、なんとなくわかるじゃないですか。でも七菜ちゃんの場合は本当に「芝居してない」ようにしか見えないんです。話す言葉も、たまに言葉に詰まったり噛んだりする姿もあまりにそのままだから、それが台詞なのか、それとも彼女自身が発した言葉なのかわからなくなって、台本を確認したらちゃんと台詞だった、ということが何度もありました(笑)。

七菜ちゃんは半端ないよ。神木きゅんがこういってるのだから大したもんだ。いやしかし、まじめに言って岩井作品のなかに生きる森七菜の存在は奇跡すぎた。こんなすばらしい映画に出てしまって、これから選んでいく役どころが心配になるくらいに、とにかく奇跡的だった。下のインタビューでも語っているけど、森七菜さんは坂元裕二作品が大好きみたい。「手紙」という連絡手段にも妙にフェティシズムがあるみたいなので、ぜひ坂元作品に出ていただきたいですね。

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森七菜 カエルノウタ Music Video

旧作で観た映画のなかではハル・ハートリーの『トラスト・ミー』が大好きなやつだった。昨年末に特集上映でデビュー前の超初期作を先に観たりしていたからその成長具合に驚かされたし、いっぽうで「狭い都市、空間から出ることができない男女」というモチーフだけは残り続けていて非常に信頼できる作家だと思わされる。そうしたモチーフや彼の映画で輝きを放つ女性たちの姿には、岩井俊二作品のそれと重ねてしまう部分もありましたね。スリルとロマンスがうまく調和した刺激的なラブストーリー。好き。

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あと2月公開の新作を2本試写会でひと足早く観て、どちらも「うわぁああああああああ!!!最高すぎる!!!!!!」と爆烈にテンションが上がってしまった…!ひとつが個人的にかなり楽しみにしていた『架空OL日記』の劇場版(2/28公開)。もうひとつが『ヘレディタリー』でお馴染み(僕はホラー苦手なんで観てませんけどね…)、アリ・アスター監督の新作ホラー『ミッドサマー』(2/21公開)。今年の上半期はこの『架空OL日記』と公開前から何度も推してしまっている『街の上で』のすばらしさをどう言語化できるか、そこに人生をかけようと思っているくらい、自分的に大事な映画になった。『架空OL日記』は劇場版とは言っても変に気を張らずドラマのままの日常がそこにあって、だからこそとてもいいし、それでもある程度連続性のあるストーリーが100分ほど紡がれるので僕はあるシーンで思わず感涙してしまった。ホラー映画をほとんど観(られ)ない僕でもぜんぜん楽しめた『ミッドサマー』は、もはやSF映画か、と見紛うほどの美しく奇妙な世界観にまずは一発で引き込まれ、ある事件によってトラウマを追ってしまった女性の、その心の中を再現しようとしたのではないかと思われる狂ったストーリーテリングに陶酔感を覚えてしまう。世にも奇妙な世界だけれど、「終わってほしくない」「帰りたくない」と思わされてしまう非常に不思議な体験をした。『架空OL日記』も『ミッドサマー』も、公開されたらもう一度観にいってしまうと思う。


2020.2.21(金)公開『ミッドサマー』予告編

 

本/マンガ

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最近は映像コンテンツへの依存がひどく本もマンガもぜんぜん読めないんだけど、この回の「POP LIFE〜」が引き金になってくれたのか今月はまぁまぁ読書/読マンできた。『水は海に向かって流れる』の第2巻、めちゃくちゃいい。読んでいて気づいたのは、田島列島の漫画がもつ、恐ろしいほどのテンポのよさだ。細かく配された擬音と少ない言葉数で独特のリズムを生み出していて、でも大事な場面ではちゃんと引っかかりを残していたり、とにかく巧い漫画という印象を抱く。ストーリーの形式(加害者家族/被害者家族の関係性)としてはそれこそ『それでも、生きてゆく』ともちょっと似てるよね。あまり話をぶらさず「親が不倫していた」というその一点を深く掘り下げながら、人と人が不器用ながらも誠実に向き合う姿を描いていくのがとてもいい。

水は海に向かって流れる(2) (週刊少年マガジンコミックス)

水は海に向かって流れる(2) (週刊少年マガジンコミックス)

 

続けて友だちから借りていた『違国日記』の1〜3巻を一気読みし、とても読後感がよくて心をほっくほくさせた。こちらは『海街diary』のような擬似家族的展開が35歳の叔母と15歳の姪という独特な距離感のふたりに託されていて、彼女たちの葛藤と何気ない生活描写の丁寧な描き方に心を掴まれてしまう。昨年公開されていた『アマンダと僕』という映画が本作にとても似ていた。両親を失ったアマンダが、祖父母とかではなく叔父という微妙な距離感の親族とともに生きていくことを決める映画で。『違国日記』では、親の代わりにはどうしたってなれない大人たちの苦戦する生き様、心のすれ違いと言葉の行き違いなど、人間の心の機微がむき出しになっていて没入感がすごい。

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

 

トーチWebとGINZAのWebサイトで同時連載されている『かしこくて勇気ある子ども』というマンガ。上述の「POP LIFE〜」で紹介されていて第3話が公開されていたと知り、早速読んだ(4話も公開されました)。カラーのマンガって案外読む機会がないから、ビビッドな“赤”と何もない“黒”との空間の対比が視覚からすごく心に訴えかけてきて、作画的にもこれだけ切実なマンガは今まで読んだことがないなと思い直したりした。これから生まれてくるお腹の赤ちゃんにはぜひ“かしこくて勇気ある子ども”に育ってほしいと思っていた感情が、世界で加速する分断と不寛容に煽られてグラグラっと崩れ落ちていく瞬間の描写の切なさ。ちょうどNHKドラマ『心の傷を癒すということ』で阪神淡路大震災の風景を観ていて感じたことがある。僕は1995年の5月に神戸市のほど近くに生まれ、その年にはオウムの事件もあったり、混沌としていた時代。そんなときにお腹のなかに赤ちゃんを抱えていた僕の母親は、本作と同じように不安にさいなまれていていたんじゃないかなって。『魂のゆくえ』も似たような側面がある映画だったけど、ここにもまた「何のために悲しい物語はあるのか」という言葉が反復してくる。時代は進み、生命は息を続ける。だからこそ、物語の力に救われることがあるということ。この物語の行く末に心して望みたいと思っている。

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朝井リョウの短編集『どうしても生きてる』を読んでいる途中。「同じ言葉の反復」により物語が世界の深層に迫っていくあたり、とても新鮮に感じたんだけど朝井リョウっていつもこうだったっけ? それにしてもやっぱり、20代全般にこれだけ刺さる文章を書けるのは朝井リョウくらいだと思う。

どうしても生きてる

どうしても生きてる

 

 

その他(演劇、YouTubeハロプロ…)

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1月18日、阿佐ヶ谷にある小劇場でナカゴーの演劇『ひゅうちゃんほうろう-堀船の怪談-』を観た。思えばナカゴーは、僕が2年前に東京に出てきてから欠かさずに観劇している劇団。「大爆笑したい!」と思ったときにはうってつけの演劇なんだけど、今回は「大爆笑」どころじゃなく、腹がはちきれそうになるくらい笑った。笑いすぎて周りの目が気になって、ちょっと恥ずかしいくらいのやつです。なにがおもしろいって、登場人物の一人ひとりが「マンガ的」とでも言えるような確固たるキャラクターを形成しているところだ。『ギャグマンガ日和』や『浦安鉄筋家族』の実写化なのか?と思ってしまうほどとにかく可笑しくて愛おしいキャラクターたち。とりわけ藤本美也子さんの小学生男児役はほんとおもしろかったなぁ。


【中田敦彦 vs DaiGo】カードゲーム「XENO」論理vs心理の頂上バトル〜前編〜

今月みたYouTubeで群を抜いていちばんおもしろかったのはこれ。中田(論理)vsDaiGo(心理)という構図で繰り広げられる、カイジのようなカードゲーム、頭脳戦。テレビでもかつて『ヌメロン』とかやってたけど出演者とゲームの相性がとにかくよかったのか段違いのクオリティだし、カメラワーク、カードのデザイン(ずっとTwitterフォローしてるTAKUMIさんだ)、ふたりのリアクション含め完璧のエンタメになってる。台本のないリアルだからこその爽快感も抜群。

ほか、おもしろかったやつ。


【LA里帰り】フワちゃんの故郷はロサンゼルス


もう限界。無理。逃げ出したい。


村上がバチってなった〜Aマッソのオッチンバーグ〜


2019年ベスト映画・日本映画業界を語る!! 活弁シネマ倶楽部#66

長らくハロプロ箱推しとしてとくにひとつのグループに熱中することなく応援してきたんだけど、近ごろはモーニングへの愛が昂っているのを自覚しはじめました。だって15期が入ったばかりなのに、もうバランスが最高なんだもの。ニューシングルの3曲はぜんぶめっちゃいい。動画をいろいろ貼りますが、愛おしくて悶えるばかりでとくに言葉にできることはありません。興味がある人は見てみてくださいな。


モーニング娘。'20『人間関係No way way』(Morning Musume。’20 [Relationships. No way way])(Promotion Edit)

gyao.yahoo.co.jp

nico.ms

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hanako.tokyo

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年始の3連休、スノボをしに友だちと長野県へ行った。1泊2日でも2日滑るほどの体力を持ち合わせていない面々だったから、1日目は通り道にあった軽井沢へ。軽井沢へは昨年の4月にも行ったんだけどやっぱりめちゃくちゃ雰囲気がいい。別になにもないしこの時期はとくに人もいないけど、むしろそれがよくて洗練もされてる。軽井沢といえばやっぱり蕎麦っすね(軽井沢 川上庵にて)。

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正月休みに祖父母の家にいって持って帰ってきた一眼のフィルムカメラでいろいろ撮るも、ピント・光の調整がぜんぜんうまくできてなかった。おもしろいな、カメラって。軽井沢では蕎麦を食べ、旧軽銀座をぶらぶらし、カフェでのんびりしたあと、アイススケートに興じた。スノボもそうだけどバランス感覚が試されるスポーツは基本上達しきれない僕なので、スケートもめちゃくちゃこけたし難しかったです。テラスハウス軽井沢編をまた観たくなった。スノボは相変わらずそんなに上達せず、午後に入るとバテてきてやる気がなくなり時間切れ。スキー場からの帰路、道が凍っていたため車で雪山を降りるのに1時間もかかったのが最大の珍事だった。懲りずに来年も行く。

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<2月に観たいものリスト>

テッド・チャン『息吹』/『違国日記』4、5巻/ペドロ・アルモドバル作品/『82年生まれ、キム・ジヨン』/『最高の離婚』と『問題のあるレストラン』、『東京ラブストーリー』/山崎ナオコーラ『ボーイミーツガールの極端なもの』

*1:山中瑶子監督『さよなら、また向こう岸で』と同じ局・時間だから、ここは若手作家発掘枠なのかな? その作品があまりにもすばらしかったことを思うと、枝監督の本作は期待を越すものではなかったんですけど…。

*2:この消滅してしまう男友達役を『お嬢ちゃん』の監督であり『全裸監督では國村隼の弟子を演じていた二宮隆太郎がやっていて、めちゃくちゃ最高なのだ。ちなみにちなみに、『お嬢ちゃん』でも「3人の会話劇」が頻発し、2:1の構造になったりするところ(他にも長回しやコメディ描写なども)に今泉作品とのつながりを感じたりした。

*3:その直前のシーンで夏目がタバコを吸うのも印象的。そのモヤモヤをぶつける相手がいないから、彼はただタバコを吸ったり吐いたりしてやりすごす。

*4:どちらも極めて人間的で美しい。