縞馬は青い

縞馬は青い

映画とかドラマとか、好きなもの

ポップカルチャーをむさぼり食らう(2020年2月)

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最近の僕のいちばんの関心事といえば(カルチャーの話です)、「この作品はおもしろい/おもしろくない」あるいは「この作品は社会的価値がある/ない」とかって、誰がどういう風に決めるの?っつうやつ。もちろん答えは決まっている、私たち一人ひとりだ。だけどその個人の感性が他人の意見によってあらぬ方向にねじ曲げられてしまう、ということが往々に起こりうると思う。ねじ曲げられてしまった結果、自分が最初に持った考えを見失ってしまう、そういうことってありませんか? 僕はねぇ、けっこうあるんですよねこれが。観たい作品を選ぶ瞬間から観てる最中、観終わったあとまで。他人の影響を受け過ぎて、「あのときにこういうことを思った」という原初的な想いがこぼれ落ちてしまうことがよくあるんです。こうしたことを考えるきっかけは今月たくさんあったんだけど、いちばんには『二重のまち/交代地のうたを編む』というドキュメンタリー映画を観た影響が大きかったかな(作品については後述)。何が言いたいかっていうと、「人の感性や記憶はめちゃくちゃ変化しやすい」ってことなんですよ。だから、できるだけ取りこぼさずに、感じたことを言葉にして記憶に留めていきたいなぁと思うのです。それがこの日記の目的でもあるのだと強く心に留めおきながら。

 

映画

旧作を掘ることについに本気になった僕は、定額の借り放題サービス「TSUTAYAプレミアム」に入会した。新宿とかのTSUTAYAに行っちゃうとだいたいなんでも置いてるので、これで月10本くらいは観たいと意気込んでいる。ひとつ問題なのは、(旧作は)DVDに返却期限がないこと。「返す」のが義務化されないある意味天国のような世界では、思っていたよりも「観る切迫感」が薄れてしまい……。でもただいま第5次くらいの映画ブームがきている感じなので、好きなやついっぱい観てる。

ここにきてハマったのがホン・サンスの映画。今泉力哉の韓国版みたいな(実際は逆だけど)、とにかく恋愛と、恋愛にまつわる会話劇しか撮らない監督の作品にズブズブやられている。時代感バラバラに『正しい日 間違えた日』(2015)『それから』(2017)『ハハハ』(2010)の3作を観て、「ずっとおんなじことしてるやん!」と思わずツッコんでしまうほど、大人のちょっとダメで不器用な恋愛模様が終始画面を支配していた。『正しい日 間違えた日』がとても好きだ。全シーン、全言葉、全空気が身近に感じられるほど普遍的で、それだけ平凡でもあり、でもそこにささやかな日常のドラマが加わる瞬間に信じられないほど心を掴まれてしまう。映画監督をやってるおじさん(主人公)が映画上映の際に訪れた地で若い女性に恋をしてしまい、アプローチの仕方に苦戦する話です。ほんとそれだけの話。でも煌めいたシーンがいくつもある。

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ホン・サンスに加え『最高の離婚』とかの影響もあり、会話劇が好きだったことを思い出したわたし。ホン監督の影響元でもある恋愛会話劇の原点、フランス・ヌーヴェルヴァーグが生んだ奇才、エリック・ロメールの作品を観るために新文芸坐で開催されたオールナイト上映に駆け込んだ。ロメールの監督作品は新宿にもどこにもDVDが置いてないレアな感じでしてね……。観たのは『海辺のポーリーヌ』(1983)、『満月の夜」(1984)、『緑の光線』(1985)、『レネットとミラベル/四つの冒険』の4作品。初のオールナイトです。派手なショットのない会話劇だし寝ちゃうかもなぁとか思ってたけど、基本的にびっくりするくらいバチバチに目が冴えていて、途中微妙にまどろんでたのも含めなんか気持ちよかった。

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ロメールの映画、めちゃくちゃおもしろい!! 魅力的な登場人物たちが、ウィットに富んでいたりくだらなかったりとにかく止まらない会話を繰り広げ、身体的な動きはなくとも心の中の感情がぐわんぐわんと蠢き続ける。どれも好きだったけど、ふたりの少女が出会い、共に暮らし、ときに衝突し、心を通じ合わせていく様を4つの短編により紡いだ『レネットとミラベル/四つの冒険』が最高すぎた。まずもってミラベルのプロポーション、話し方、表情がどんぴしゃに好きでしたね…。どの映画でも、必ず人と人とのわかりあえなさを経由しようとするロメール会話劇の鋭さと厳しさ、愛しさを痛感する時間だった。『脚本家 坂元裕二』(ギャンビット)に坂元さんが影響を受けた映画で挙げていた『緑の光線』も、『最高の離婚』の光生みたいな人が主人公ででてきてめっちゃよかった。とりあえずおフランスのヴァカンス映画は至高すぎます…。3月後半にもまたオールナイト上映があるので行きたい。

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とんでもなく心に刺さる映画を観た。こういうとき冷静に作品を論じることが難しくなるし、あんまりぐずぐず考えてると感性がふっ飛んでしまうなぁと思うので、沈黙のもとでこの幸せを噛み締めている。でも得てして、いい作品に出会うと言葉が溢れて止まらなかったりもする。困る。グザヴィエ・ドランの監督作品は一気に全部観た時期があったんだけど、こんなに好きになったのは初めてだった。3月にユジク阿佐ヶ谷で過去作上映やるみたいなんでこれまでの個人的ドランベストだった『わたしはロランス』は観にいこうかな。168分もあったことに驚愕してるけど。今回のブログもなんとなく緑色で染まってきたけど僕、緑色がめちゃくちゃ好きなんですよね。

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2月22日と23日のこと。東京都写真美術館で「恵比寿映像祭」というのが開催されていた。そこで『空に聞く』(小森はるか)と『二重のまち/交代地のうたを編む』(小森はるか+瀬尾夏美)というドキュメンタリー映画を観て、その映像表現の豊かさに心底惚れきってしまった。小森はるか監督は、昨年劇場公開された『息の跡』が映画界隈ではそれなりに話題になっていて気になっていた映像作家。3.11後に画家で作家の瀬尾夏美さんと共に陸前高田に移り住み、その地と人々の記録を軸とした芸術活動を行ってるんだとか。

ドキュメンタリーってほんと滅多に観ないんでテクニカルなことは何も語れないのだけど、彼女たちの作品がもつ余白とそれによる雄弁さに、観ている最中も観たあとも無条件に思考が止まらない状態にさせられてしまう。特に驚いたのは『二重のまち/交代地のうたを編む』。

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これは、東日本大震災の当事者でない(と感じている)4人の若い男女が陸前高田へ赴き、その土地の人・被災者と対話を重ねながら、最後には自分の言葉で彼らの体験を「語り直す」ことを試みる、その姿をとらえた作品である。こういうことが書かれた作品紹介文を読んだ瞬間に(あんまり使わないほうがいい言葉かもしれないけど)「おもしろそう!」とビビッときて、その試みを見届けたいなぁという気持ちになった。ぜんぜんやってることは違うけど普段から「受けとったものを自分の言葉で語り直す」ということを実践しようとして(あまり成功していないでい)る身だから、強く惹かれたのかもしれない。

都写美の地下に展示されたインスタレーション『二重のまち/四つの旅のうた』(これは映像と絵画、テキストによって多面的な視点から「語り」を可視化しようとする試み)との接合をもってして、時間、場所、記憶の「空白」を共に掴まんとする。作家・旅人・被災者の三位一体によるその行為に大変な意義を感じて感嘆しつつ、どうしようもなく浮き彫りになるのは人と人の“差異”だ。でも4種類の語り直しの差異が、被災者と私の差異を肯定してくれているような感じがする不思議な包容力があった。それは旅人たちのある会話ーー「難しいとは思うけど、被災者の方が話してくれたそのままの話し方と感情で語り直していきたい」「でもそれって自分の経験談でも難しいよね」ーーにも現れているだろう。わたしたちはいつも何かを取りこぼしてしまい、うまく言葉にすることができない。それでも「語り直そうとする」その意志こそが、空白のなかを生きる唯一の手段なのではないかと。

先日、同い年でその当時福島に住んでいた女性(現在は自衛隊看護師として従事している)にインタビューする機会があり、「あの日は中学校の卒業式だったんだよね」と記憶の一部が一致することがあった。本作にも同い年の男の子が2人出てきて卒業式の話をしていて、交わることなくそれぞれに進んできた時間の残酷さと尊さを同時に感じたり。そんな風にしてこの世界にはそこここに空白があるけれど、きっとその空白は埋まるはずだという希望が、本作からは強く発せられているような感じがした。

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2月23日。二重のまちを観てホクホクした気持ちで浮き足立つなか、いま最も期待している若手映画監督・山中瑶子さんの新作短編『魚座どうし』を鑑賞。圧倒的天才すぎて、なす術もなく打ちひしがれてしまう。とにかく濃密な30分、ずっと高密度な緊張感が持続するめちゃおもしろい映画でした。例えばシャブロルの『野獣死すべし』冒頭みたいな、期待と残酷さが絶妙にないまぜになった「うわぁ終わっちゃった!」なラストがたまらなく気持ちいい。はやく彼女の長編映画が観たい。

先月のカルチャー日記でも試写で観て大はしゃぎしていた『架空OL日記』なんですが、このたび劇場公開されて再鑑賞し、この映画のすごさに改めて圧倒されている。ほんと奇跡のような、絶妙な配分で成り立っている映画だと思う。作品レビューにて「私たちは私たちの日々を歩いていくしかない」的なことを書いたものの、できることならばあの架空の日々にずっと埋没していたい。せめて年一回でいいから、彼女たちの続きの日々を見せてほしい。とにかくバカリズムは天才だ。バカリズムのコントって基本的に“架空の人物”を相手にした会話劇が主軸だと思うんだけど、『架空OL日記』はその架空に身体性が付与され(小峰様コールやマキちゃんのジムでのガチさ、さえちゃんのふにゃふにゃした受け答えなど、彼女たちに身体が宿ることで、テキストベースの日記にはない笑いが増幅する)、加えていつもゆうなればボケ倒しているバカリズムが彼女たちに“ツッコむ”ことも可能になるという。これはバカリズムコントの「リアルさ」と「笑い」を同時に追求する姿勢において、最適解に近いものなのではないかと思う。

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他にも2月は、震災後の映画としてこれまたなかなかできないことをしている『風の電話』、意表をつくストーリーテリングで男性性の脆弱性を浮き彫りにする『BOY』、ずっと喋り続けてるアダム・サンドラーがエグい『アンカット・ダイヤモンド』などなど、1月に引き続きいい映画ばっかりだった。ここは長くなるので割愛します。

 

ドラマ

今期のドラマ、結局毎週楽しみにしてるのはあまりないんですが、2月1日に初回放送があった『伝説のお母さん』はその初回からしてめちゃくちゃワクワクするおもしろさで、以降いちばんの期待を込めて観ている。『腐女子、うっかりゲイに告る。』とか『だから私は推しました』のNHKよるドラ枠ですね。脚本は演劇ユニット・玉田企画の玉田真也。原作は漫画らしいんですけど、ここまでまとまったストーリーにしてる玉田さん、すごすぎて玉田さんってこんなことできるの?!と度肝を抜かれてます。第1話に感じたワクワクとはちょっと違う方向に行ってる感じもするけど、本来ボスになるはずの魔王の立ち位置のおもしろさとか玉田企画常連の前原瑞樹のウザさとか、あと前田のあっちゃんの飛びきりのかわいさとか、見どころがたくさんあります。結末が気になる。

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1月に『それでも、生きてゆく』を観たそのままの勢いで坂元裕二作品『最高の離婚』、『問題のあるレストラン』(これは2話で頓挫)、『東京ラブストーリー』をビンジウォッチ。『最高の離婚』、はんぱねぇなこれ。坂元裕二大好きなくせして今まで(途中までは観た記憶があるのだけど最後まで)観てなかった本作、やっとぜんぶみた。好きすぎる。いや、好きすぎるぞ。とりわけ第7話の、この世のほとんどは「届かない手紙」と「通じない思い」でできてるのだなと実感させられるシークエンスは素晴らしかったです。あと最近みたいろんなカルチャーを本作と無意識に結びつけてしまっている自分がいて、「坂元裕二的」なものを欲する身体が出来上がってたんだなと感心した。一部書き出しましょう。mellow(「ほとんどの好きって気持ちって、表立ってやりとりされないものでしょ?」)、テラスハウス(人間の複雑さ、曖昧さ)、心の傷を癒すということ(尾野真千子と映画館)、だから私は推しました(アイドル沼とAV堕ち)、かが屋(居酒屋での会話のグルーヴ)、ジョジョ・ラビット(最後のダンス)、マリッジ・ストーリー(よりよい関係性を模索しようとする姿)。あと勝手にふるえてろ(聞き手のいるかいないのかわからない会話)とか。坂元裕二が僕のカルチャーの根源であることは間違いないです。八千草薫さんもすばらしかった……。『架空OL日記』もそうだけど、会話劇だけで展開しつつも豊かさに満ちたこういう日常のドラマをずっと見ていたい。

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女性のエンパワメント的ドラマ『問題のあるレストラン』は時代感によるものか、男性のクズさがグロすぎてさすがに観るに耐えず2話で頓挫。春にリメイクをやるといういいタイミングだったんで『東京ラブストーリー』に移行した*1。個別エントリーにも書いたけど、赤名リカの人物造形がとにかくすばらしい。昨年めっちゃ聴いた楽曲、Juice=Juiceの『「ひとりで生きられそう」って それってねぇ、褒めているの?』を地でいくようなキャラクターで深く共感してしまう。この勢いで90年代と00年代のドラマを掘ろうとちょっと意気込んだものの、『恋のチカラ』を2話まで見て停滞してる。クドカンドラマとかちゃんと観てみたいっすね。

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あとNetflixドラマの『ノット・オーケー』もよかった。『ストレンジャー・シングス』プロデューサーと『このサイテーな世界の終わり』監督のタッグ作という触れ込みどおりのおもしろさで。『このサイテーな〜』ほどキャラクターに愛着は湧かなかったけどなんといっても最終話がすばらしい。

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マンガ

2月に読んだマンガたち。

アンダーカレント  アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

  • 作者:豊田 徹也
  • 発売日: 2005/11/22
  • メディア: コミック
 
ハウアーユー? (フィールコミックス)

ハウアーユー? (フィールコミックス)

  • 作者:山本美希
  • 発売日: 2014/09/08
  • メディア: コミック
 
近所の最果て 澤江ポンプ短編集 (torch comics)

近所の最果て 澤江ポンプ短編集 (torch comics)

 

澤江ポンプ氏の短編集『近所の最果て』は日常に潜む“すこしふしぎ”がちゃんとSFにつながったりしていておもしろい。他の3作品はぜんぶ「突然大切な人がいなくなる」系の一冊完結漫画で、なぜだかわからないけど同系統の漫画を選びとってしまっていた(先月は『違国日記』読んでたしな…。無意識でした)。でも当たり前に筋書きと結末が違うからおもしろいよね。ただどの作品も、「大切な人を失った主人公」に寄り添うことができる人物がひとり出てくる点で空気感に共通するものがあった。個人的には『アンダーカレント』(2005)の絵の質感、その美しさとどんよりと不安が押し寄せるドロドロした汚いものが表裏一体になってる感じが好き。朝井リョウの『どうしても生きてる』もチマチマ読んでるんだけど、「“もうここにはいない誰か”と“いま主人公の近くにいる誰か”のふたりによって立ち上がってくる主人公の“生”」という点でかなり共時性を感じる。

 

演劇

漫画と違ってこっちは知っていながら意図的に選びとったのだけど、「境界線」「分断」というテーマを共有したふたつの演劇を観た。

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ロロ『四角い2つのさみしい窓』とほろびて『ぼうだあ』。どちらも舞台表現の可能性を最大限に突き詰めながらこのテーマに取り組んでいて、まだそんなにたくさん演劇を観ているわけじゃない自分にとってはとても刺激的だった。ロロの演劇は「分断」を「親密」に反転させてしまえる強さと優しさがあり(サントラがほしいほど音楽がよかった)、ほろびての演劇は家の中に突如現れた「線」=「家族のなかの境界線」の話がシームレスに(というよりはやや強引だったのだけどそれがむしろよかったかも)「分断された世界」の話につながっていき、最終的に人間の細胞レベルの超ミクロな話に及んでいく感じに鳥肌たった。

3月は玉田企画の演劇が楽しみだけどやってくれるかな〜?

 

<3月にみたいもの_φ(・_・>

テッド・チャン『息吹』/『違国日記』4、5巻/ペドロ・アルモドバル作品/『82年生まれ、キム・ジヨン』/山崎ナオコーラ『ボーイミーツガールの極端なもの』/『マンハッタンラブストーリー』/ジャン・ユスターシュ作品/シネマヴェーラの「ソヴィエト&ジョージア映画特集」/『A子さんの恋人』第6巻

*1:『千鳥のニッポンハッピーチャンネル』内のドラマ『ロングロード』のあとにトレンディドラマをやろうとするなんて、飛んだ命知らずだぜ。