映画に「面白い」「感動した」「興奮した」以外の指標はあるのだろうか。中学生のころに大好きなハリーポッターシリーズが完結し、マーベルにいつしか興味をそそられなくなってから、思えばそういうことを無意識に考えながら映画に接してきたように思う。僕は学生時代から古典映画をたくさん観ていたようなシネフィルではないし、いわゆる娯楽大作的な、簡単に言えばストレス発散になるような映画も好んで観てきた(いまも嫌いなわけではない)。でも5年くらい前からそういうものに惹かれなくなって、いつしか僕は映画に人生を重ねるようになった。日々生きている中での疑問や課題を、映画を通して再確認/新発見できることに充実を覚える。あの人は何を考えているんだろう、なぜ人と人は心が通じ合わないんだろう、これからどう生きていけばいいんだろうーー。映画と日々が密接すぎるから、日常生活で人と雑談していてもすぐに観た映画やドラマのことを絡めて話してしまうクセがあった。こんな映画を観て、こういうことを考えたんだよ。そういえばあの映画にもそういうことが描かれてたよね。その割に絶望的に説明が下手で、結局なんの話をしたいのかわかってもらえないことがあった。
さいきん僕は、人と話をするときにあんまりカルチャーの話をしないようにしよう、というマインドになってる(特に相手が観てないものに関して)。単純にまじで話がちぐはぐで、結局「面白かった」としか言えないくらいに感想が簡素化されてしまうから。面白いしか言えないなら、娯楽映画だけ観ていればいいのに…。でも違うんです、映画から僕は大事なものを受け取っているんです。2022年の10本(+10本)は、そんな気分に寄り添ってくれた映画たち。面白さを言語化したい、大事な映画たちです。
10.井上雄彦『THE FIRST SLAM DUNK』中学生の頃にバスケ部に所属していて、それはそれはヘタクソで全く使いものにならなかった。たまに出る試合ではめちゃくちゃテンパって、ボールを手にした瞬間の視野の狭さったら酷かったと思う。実写ではできない角度から被写体を捉えられるのがアニメーションの魅力のひとつだと思うけど、それで言うとこの映画はとにかくカメラポジションが素晴らしい。上部からの遠景でふたりの男の子の行く末を映していたかと思えば、急に地上に降り立って臨場感あふれる試合シーンに突入する。その場面における、選手たちの視野の狭い映像がリアリティがあって思わずあのヘタクソながら必死に走っていた日々のことも思い出す。『ケイコ 目を澄ませて』を観た後だったから、ただ運動が連なっていく映像の美しさにも魅了された。山王工業の面々の後ろ姿もたまらん。ワールドカップとかもすごい映画的で面白かったけど、スポーツを映画にした一種の成功例になったんじゃないかしら。人が走り、跳び、合図を出し合い、ボールをつなげる、その運動の連なりのみによって生まれるエモーション。だから正直バックグラウンドの語りはちょっとノイズな気もする。
9.セリーヌ・シアマ『秘密の森の、その向こう』女性の心が解放されるようないわゆるフェミニズム的な映画が好きなのだけど、これは自分の周りにいるいろんな母娘の存在を横に置きながら、投影しながら観た。なんと言っても、母と娘がその役割から一瞬離脱することで一人ひとりとして出会い直す、友だちになる、その展開がよかった。ネリーとマリオンが顔はそっくりなのに鏡像のように描かれていかないことにも意味があると思う。似ているけど違うし、ぜんぜん違うけど似てる部分もある。それを認め合って関係していけるだろうか。
8.ギヨーム・ブラック『みんなのヴァカンス』夏の間に2回観にいくつもりだったのに結局夏は終わってしまった! ギヨーム・ブラックは新作を心待ちにしている監督のひとりで、これを観られただけで生きていてよかったと思える。 2022年は『VACANCES バカンス』という自主制作の雑誌をつくったのだけど、もちろんこの映画もきっかけであり参照元のひとつだった。バカンスはただハッピーでノーストレスなだけではあり得ず、解放的な時間の中で同時に孤独や切迫、自分と向き合うことによる苦しみを感じずにはいられない。休みであり、生命力を充填する時間であること。僕はかれらとバカンスに行けてほんとうによかった。
7.ポール・トーマス・アンダーソン『リコリス・ピザ』ゲイリーとアラナのふたりに同期しているようなカメラワークが愛おしい。カメラは走り続けるかれらを迎えることはあっても追いかけることはせず、同時に動き出し、同じ速度で走り、突然の失速や後退に振り落とされたりする。振り落とされるたびに一方からまたどちらかが走り出し、もう一方を捉えんとする。でもこのふたつの流動体はなかなか掴みきれない。というかまたすぐにどこかに走り出していく青春の衝動。だからこそかれらが合流し、カメラの横を過ぎ去っていく(そのあとを追いかけない)ラストシーンがたまらなく美しいと思った。走り続ける身体である映画が、スクリーンを飛び越えていった瞬間。人の感情は流動し、他者とすれ違い続ける生き物だけど、あのときだけ同じ方向を向いていたならそれでいいと思わせる魔法の邂逅と越境。
6.ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』観たことがないもの対する困惑と気持ち悪さを、快感が追い越してきた。本質的にこういう人智を超えたものが好きなんだと思うけど、それにしても今になってシーン一つひとつを思い出そうとしてみてもその繋がりを頭の中で構築するのは難しくて、でもあのとき確実に僕は心を揺り動かされていて、これに関しては映画に言語は敵わないということを告白せざるを得ません。
5.デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』この映画をみんながどう観るのか気になるけど、僕はストーリーに対して共感に似た類の感情を抱きました。特に主人公が何度も何度も逡巡する場面に対して。その感じわかるよ、辛いよね、と一緒に苦しみながら観た。勇気を持って権威を断ち切った男の話を壮大に、ファンタジックに描いた映画だと思ってるけど、これは案外パーソナルな側面もあると思う。僕は最近手放したことを重ねながら観た。このままだと絶対によくならない未来が見えたときに、どういう選択ができるか。あと、『ア・ゴースト・ストーリー』の白い布とかもそうだったけど、デヴィッド・ロウリーの映画の中のモノの手触り、テクスチャを感じられる美術に惹かれる。
4.今泉力哉『窓辺にて』今泉さんは「過ぎ去っていく時間」「失われていく記憶」と「それでも残るもの」に対しての眼差しが深い監督だなと改めて感じた。それは机にうつ伏せで寝る妻に対して掛けられるブランケットや、取れたボタンを縫い直す行為、ベッドの上にそっと置かれるスマホなんかに現れていたと思う。それぞれが孤独で、優しくて、それはもしくはエゴかもしれなくて。終盤に出てくる写真を見たところで、もろもろの思いが重なって感涙した。ああいうモノを自分は人生のうちにどれだけ残すことができるだろうか、なんてことを思った。どれだけ、というかひとつでもいいのだけど。端的に言えばあれは(妻やその母にとってのアルバムは)、これがあるから生きていける、と思えるような愛のこもったお守りになり得るはずだ。ああいうモノにこそ人を生きさせる、明日を歩ませる力があると思う。それを映画の中に発見できる喜び。個人的には『街の上で』と並んで今泉映画ベスト。
3.ジャック・オディアール『パリ13区』『燃ゆる女の肖像』『秘密の森の、その向こう』のセリーヌ・シアマと『ファイブ・デビルズ』のレア・ミシウスというフランスの重要監督がふたりも脚本に名を連ねている時点で、只者ではない映画の薫りがぷんぷんするやつ。これはフェチに突き刺さる偏愛の部類に入る映画で、登場人物たちの造形から、モノクロかつ被写界深度の浅い映像、ちょいダサの映画音楽、主にセックスやジェンダーに関する現代的なテーマを織り込んだ恋愛譚の構成に至るまで、ぜんぶ最高。これをきっかけに原作であるエイドリアン・トミネのグラフィックノベルにも触れることができてまた興味範囲が広がった。
2.三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』
これは『ケイコ』を観た後のことだけど、三宅唱監督の過去作をちゃんと観られてなかったから『THE COCKPIT』と『Playback』などが組まれたオールナイト上映を観に行った。そこで最初に監督のトークがあって、会場からもいくつか質問が寄せられた。観客のひとりが『ケイコ』に関して、岸井さんの目の演技がすごくて、そこからいろんな感情を受け取ることができた、なぜああいう演技が可能になったのでしょう、と聞いていて、それに対して三宅さんは、特別目がどうこうというわけではないと思うんです、それがあるとしたら目から多くの感情を受け取れたあなたの目が素晴らしいのだと思います、と返していた。もうひとつ印象的だったのは、三宅さんはこの時代に映画をつくることに対して何か考えていることはありますか?という質問への答え。「僕はコロナも戦争も早く終わってほしいと思ってる。でもおそらく年が明けてもいいことがあれば悪いことも絶対にあると思います。その中で僕は、いいこと、楽しいことの方向の映画をこれまでもこれからもつくっていきたいと思っているんです」。年末にこういう話をしてくれる三宅監督のことがとにかく好きになったのはさて置き、『ケイコ』の英題である『Small, Slow But Steady』(少しずつ、ゆっくり、でも着実に)が現すように、映画ではこの言葉は病気の進行に対して使われていたけど、いいことも悪いことも起こる中で、着実によい方向を目指して生きていくほかないのだと思った。『ケイコ』は、ゆっくりでもいいから進み続けること、その先にある光を信じる私たちに寄り添ってくれる映画だと思う。
1.杉田協士『春原さんのうた』主人公の沙知は、大事な人を失ってしまう。そこからの彼女の日々、バイトに行ったり家事をしたり、風呂に入ったり寝たり食べたりを、カメラは一定の距離を保ちながらじーっと映し出す。ただ淡々と、説明的な要素も一切なく積み上げられていく生活の描写は、ともすれば「映画」としてめちゃくちゃつならないものになりかねないと思う。『ケイコ』も似たような側面がある映画だけれど、あちらには独特のリズム感があって、ミニマルでタイトにまとまっているが故の観ていて気持ちいい感覚があった。では『春原さんのうた』はどのように「映画」になっているのか。もちろん照明やカメラワークといった技術的な側面からの貢献によるものが大きいのだろうけど、それを下支えするスタッフ・役者その現場にいたそれぞれの人たちが、この彼女の「生活」を誰も軽視していなかったからそのままの空気感で伝わってきたのではないか、なんてことを思ったりする。すごく感覚的な話だけど*1。僕は自分の生活を軽視しているから、ブログに自分の日常に起きたことを書くのが苦手なのではないか。「面白く見せる」技術的な方法はあるだろうけど、それを駆使する前にそもそも生活それ自体に魅力を感じていなかったのだと思う。『春原さんのうた』を観てそのことを再認識させられたと同時に、自分の生活も今まで以上に大事にしてみたいと思うようになった。映画は120分で終わるし、彼女の生活もそこまでしか見届けられない。今度は続いていく自分の生活を、見守っていこうと思う。不安になったら、また杉田監督の映画を観たい。
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他によかった新作映画10本
- レア・ミシウス『ファイブ・デビルズ』
- 小泉徳宏『線は、僕を描く』
- 松居大悟『ちょっと思い出しただけ』
- イ・スンウォン『三姉妹』
- 石川慶『ある男』
- ジャスティン・チョン『ブルー・バイユー』
- ジョーダン・ピール『NOPE/ノープ』
- 川和田恵真『マイスモールランド』
- 小林啓一『恋は光』
- 加藤拓也『わたし達はおとな』
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劇場で観た旧作映画5選
『ユリイカ』はオールタイムベスト級に心に刺さった映画だった。日々が続いていくという感覚に『ケイコ 目を澄ませて』や『春原さんのうた』も重なった。
文学・漫画10選
- 永井みみ『ミシンと金魚』
- 島楓果『すべてのものは優しさをもつ』
- 朝比奈秋『私の盲端』
- 高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』
- 今村夏子「嘘の道」(『とんかつQ&A』所収)
- 島口大樹『遠い指先が触れて』
- 大白小蟹『うみべのストーブ』
- バスティアン・ヴィヴェス『塩素の味』
- 増村十七『花四段といっしょ』
- 中山望「ムーンドッグは待ちつづける」(『すいかとかのたね6号』所収)
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その他書籍5選
- チェ・スンボム『私は男でフェミニストです』
- 佐々木敦×児玉美月『反=恋愛映画論』
- 高島鈴『布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章』
- me and you『わたしとあなた 小さな光のための対話集』
- 『ユリイカ 三宅唱特集』
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ドラマ5選
- 渡辺あや『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ)
- 山田由梨『30までにとうるさくて』(AbemaTV)
- 高田亮『空白を満たしなさい』(NHK)
- 坂元裕二『初恋の悪魔』(日テレ)
- 生方美久『silent』(フジテレビ)
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演劇・舞台5選
- 劇団アンパサンド『それどころじゃない』
- ロロ『ここは居心地がいいけどもういく』
- 画餅『サムバディ』
- ダウ90000『ずっと正月』
- 東葛スポーツ『パチンコ(上)』
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お笑いのライブ・ネタ10選
- シシガシラ「ハゲメンヘラ」(2月の『あんあん寄席』)
- 忘れる。「乗り過ごし」(4月の『あんあん寄席』)
- 街裏ぴんく「預金残高」(4月の『グレイモヤ』)
- ダウ90000「バーカウンター」(『サラリーマン川西の冬のボーナス50万円争奪ライブ』)
- キュウ「方言」(『サラリーマン川西の夏のボーナス50万円争奪ライブ』)
- かが屋「S」(4月の『グレイモヤ』)
- クロコップ「ホイリスト」(9月の『グレイモヤ』)
- 令和ロマン「ドラえもん」(『M-1グランプリ2022』敗者復活戦)
- カベポスター「大声大会」(『M-1グランプリ2022』決勝)
- さや香「免許返納」(『M-1グランプリ2022』決勝)
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音楽5選
- 柴田聡子「雑感」
- カネコアヤノ「わたしたちへ」「気分」
- スカート「背を撃つ風」
- OMSB「大衆」
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ライブ5選
- アンジュルム CONCERT TOUR ~The ANGERME~@福岡サンパレス
- Aマッソ×KID FRESINO『QO』
- 柴田聡子 Tour 2022 “ぼちぼち銀河” 追加公演 (東京)
- 私立恵比寿中学 Major Debut 10th Anniversary 2MAN Zepp TOUR「放課後ロッケンロール」私立恵比寿中学 VS アンジュルム LIVE SPECIAL
- カネコアヤノ 単独演奏会 2022 秋
「曇りの日が続く」という一節から始まるカネコアヤノの「気分」がいまの気分。晴れ渡る日も雨の日もあるけど、今年も映画やカルチャーに救われながら生きていきたいと思います。