縞馬は青い

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映画とかドラマとか、好きなもの

赤名リカ、その存在の証明/坂元裕二『東京ラブストーリー』

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輝くほど真っ白なコートに身を包み、まっすぐでピュアネスな恋心を交感させるリカとカンチの恋物語、『東京ラブストーリー』。飛行機に乗って文字どおり“空から東京の地に舞い降りた”カンチに、まるでそのときを待ち望んでいたかのように惹かれてしまうリカ。“天使性”とでも呼びたくなるような、そのどこまでも純白で軽やかな空気をまとったふたりはお互いの名前を繰り返し呼び合うことで「ここにいる」という実感を確かなものにし、個々の存在を強く相手の心に刻みつけようとする。

本作の放送は1991年。1995年生まれの僕にとっては何もかもが新鮮だったんだけど、とりわけ赤名リカのキャラクター造形がすばらしすぎやしない? あっけらかんとして思ったことなんでも口にしているようで、実は心の奥底に本当の想いを隠していたり、恋敵であるはずの関口に絶妙なパスを出してしまったり。「思ってることをそのまま口にしない」というのは脚本の坂元裕二先生ならではの性格も現れつつ、赤名リカがその(不確かな)存在をなんとか証明しようとし、でも証明しきれなかったりする様に自分でもビックリするほど釘付けになってしまう全11話でした。

赤名リカの存在証明の軌跡は、例えば第1話のラストにおける「帰ろうとして帰らない」所作(トレンディすぎて最高!)や、どこからともなく聞こえてくる「カーンチッ!」という呼びかけに現れているのだけど、それ以上に印象的なのは2度繰り返される彼女の「不在」だろう。逆説的ではあるものの、彼女はその存在感の強さゆえに「不在」こそが最も大きな存在証明になり得てしまうのだ。「“いなくなる”ってことは、“ここにいた”っていうこと」(©︎今泉力哉『退屈な日々にさようならを』)の最大級の形である。

彼女たちがついぞ結ばれることになる第4話の「不在」ドラマもすばらしいのだけど*1、第10話→第11話の一連の流れはまじ半端なく秀逸。「突然消えてしまったリカ」からはじまり、「地元の愛媛へリカを探しにいくカンチ」→「かつて“名前を彫った”と話した小学校の柱に“赤名リカ”の名前を見つける」→「校庭での再会」→「電車の時間をズラし、訪れる不意のお別れ」に至るまで。その柱の名前に加え、駅のホームに結ばれたハンカチーーそこに口紅で書かれた「バイバイカンチ」の文字が、彼女が「存在していた」という事実を強く決定づけることになる。赤名リカはそこに確かにいて、でもいなくなってしまった。

第3話においてリカはある印象的な言葉を残していた。

人が人を好きになった瞬間ってずっとずーっと残ってくものだよ。それだけが生きてく勇気になる。暗い夜道を照らす懐中電灯になるよ*2

いなくなってしまっても、離れ離れになっても、そこにあった確かな存在と「好き」という想いは未来永劫、決して無くならない。だから私たちはその思い出を強く抱きしめて、ずーっと先の未来に向かって歩いていくことができる。赤名リカがその存在をこの世界に強く刻みながら教えてくれたのは、そういう「人生を照らしつづける愛」を信じた生き方だった。

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*1:このあたりが物語の幸福感のピークで、どんどんどんどん辛くなっていくんですよね……

*2:後の坂元作品でも繰り返し語られるこの言葉、ようやくその原典にたどり着きました。この言葉が僕にとっての懐中電灯なんだよな。