縞馬は青い

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映画とかドラマとか、好きなもの

夏と死のにおいがした(2021年5月3日)

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ホウ・シャオシェン大特集」(k’s cinema)で『冬冬の夏休み』と『風櫃の少年』を観て、そのあとポレポレ東中野にうつって『海辺の彼女たち』を観た。

1984年に撮られた『冬冬の夏休み』がノスタルジーだけでなくある種の新鮮さを帯びているのは、現代でも廃れない映画の強度があるからだろう。「強度」のひとつは、「少女の扱い方」。最近『ミナリ』を観たときに兄妹のうちの妹の登場シーンの少なさに違和感を覚え、それだけでなく「少女に限らずあの映画の女性がもはや透明化している」さまにかなり気持ち悪さをを感じていたから、『冬冬』の両性具有的作劇には満足した。本当はそういうことを考えずに観たいのだけど、『はちどり』『わたしたち』『夏時間』という少女視点の素晴らしいアジア映画(ていうか全部韓国)が登場している近ごろにおいては、少年視点の映画の態度にもやはり否応なしに注目してしまう。ホウ・シャオシェンの態度はとても誠実だ。兄妹が夏のひと時を祖父母の家で過ごす物語。この映画でもときおり妹が“いない”ことがあるが(タイトルにも兄の名前が入ってるので少年視点の映画とは明示されている)、それ自体が物語を駆動するきっかけの役割を果たしていて、観客も妹の存在に終始注意を惹かれる。電車に轢かれそうになる、死んだ鳥を弔う。そこに“死”が匂い立っているのも忘れることができない。少年にとっての妹が、“わからない他者”として等身大のまま描写されていることの凄みを感じた。先日観た清水宏風の中の子供』を彷彿とさせるシーンもたくさんあったし、たぶん見てないと思うけど。日本の歌がなぜかいっぱい出てきて簡単に懐かしさに浸ることもできる。ティンティンと寒子の交流も強く印象に残る。揺蕩う時のなかで川で友と遊んだり見知らぬ恩人に身体を預けたりしたこと、そのにおいとかを忘れたくないなと思った。

フンクイはピンとこなかったけど『海辺の彼女たち』は大傑作だったので、感想はまた明日。時間がない。『童年往時 時の流れ』を観にいく。