縞馬は青い

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映画とかドラマとか、好きなもの

世界が広がっていく感覚/三宅唱『ワイルドツアー』

2019.3.31 ユーロスペース

きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督の最新作は、芸術とテクノロジーを用いた新しい表現を探究する山口情報芸術センターYCAM)のプロジェクトによって生まれた作品。ティーンエイジャーたちの冒険と恋愛模様を描いたみずみずしい青春映画だ。

 

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本作はかなり愛らしい映画なのだけど、普通といえば普通。監督は“SFを撮ろうとした”と言うけれど、やはりこの映画はSF的には見えなかった。でもそれってちょっとした思考の飛躍なのだと思う。揺れる木々も川のせせらぎも、雪の下に眠る緑の芽も、普段はそこにあるということすら意識していないけれど、ひとたびカメラという意識的な機械を持ち出してこの世界に向けてみるとその美しさに気づくということがありえる。見える世界、言わば通常の生活からするとSF的ですらある不思議な現実が広がっていく*1。そしてそれは、日々の嫌なことを一瞬忘れることができる魔法のようなものにもなりうるのだ。

 

ムービー(ドキュメンタリー)を撮れば9割のものが映り込むと思い込んでいた三宅監督はある日、「人が恋する瞬間」や「死ぬ瞬間」などなど、どうしてもドキュメンタリーでは映せないものがあることに気づいたという。(参考:https://www.cinra.net/interview/201903-miyakesho/amp?__twitter_impression=true

 

そこで必要となったのが「劇」。

物語を紡ぐということ。

 

確かにこの映画では、「人」や「もの」だけでなくて、人と人(もの)の間にあるものや、人から発せられるもの、人の感情といったものがしっかりと描写されていたように思う。ときに、「感情」が画面に「映る」ように演技したほうがいいんじゃないかと気づき、監督に進言したのはあの中学生の男の子だったというから、それを聞いてとても驚いたのだけど。

 

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『ワイルドツアー』は、映画という芸術の素晴らしさを知るための映画という感じで、おそらく出演者や製作陣にとってもそうした試みだったのだろうけど、この映画を観て「私も何か撮ってみようかな」と誰か1人にでも思わせることができたなら、これほど素晴らしいことはないなと思った。普段はそう簡単に見ることができない少年少女の無理のない初々しさが映っているというだけで、この映画はSF映画であると断言することができる。刺激的な映画体験だった。

 

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*1:何度も映し出される「立ち入り禁止」の表示は、まるで未知の世界へと誘われているようでドキドキしてしまう。