縞馬は青い

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映画とかドラマとか、好きなもの

まどろみのなかで出会ったふたり/関根光才『生きてるだけで、愛。』

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夜を描く映画ってなんだかものすごく惹かれてしまう。直近でいうと『きみの鳥はうたえる』がそうだったように、本作はもうポスターを見ただけで好きな映画なんだろうなと確信していた。結果すごく好きな映画だった。


夜は暗い。ちょっと怖くなるくらいに夜は暗い。でもなんだか、日常から切り離されたその時間は心地よく感じる。*1私たちの夜は夢と現実を行ったり来たりしながら、でも感覚的には数秒で、明るい朝に移り変わってしまう。本作がおもしろいのは、夜と日中、暗さと明るさ、夢と現実、生と死、自由と不自由などの事象が対比され、登場人物がその間を頻繁に行き来しつつ、そのことによって最終的に人と人との出会いの尊さが描かれていくところにある。

 

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主人公の寧子(趣里)は鬱が原因で過眠症になっている女性。物語の序盤なんかは常に眠っていて、夢と現実の狭間でまどろんでいる姿が印象的だろう。津奈木(菅田将暉)が彼女に出会ったのは、ある日の飲み会のこと(これなんの飲み会だったんだろう)。酔っ払った彼女は、「みんなに見透かされてるような気がして」と言葉を漏らし、不自由さから解放されるように夜に向かって走り出した。その姿を見た津奈木は、少しの共感と憧れを抱いたのだと思う。

 

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場面は飛んで彼らが同棲して(寧子が津奈木の家に転がりこんで)3年が経過。2人は別々の寝室を持っていて、寧子はずっと寝ているからふたりが出会うのは夜ご飯を食べる時くらい。「焼きそばと親子丼どっちがいい?」という津奈木の問いかけから、会話はほとんど発展しない。

 

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常にまどろんでいた寧子は、あることをきっかけにアルバイトを始めるようになる。不自由だけれど、無性に生きている感覚を得られる日中の世界に身を置くことに。そうしてようやく日中の世界に生きる津奈木と話が合うかと思いきや、彼は彼でゴシップ誌のライターという仕事に飽き飽きし、夜の闇にいざなわれようとしていた。アルバイトの出来事を楽しそうに語る寧子に、「いいから寝かせて」と言って部屋の扉を閉めてしまう場面がなんとももの悲しくうつる。


そういったすれ違いも含め、彼らふたりは「ほんの少しだけ」わかりあえた存在だった。死にも似た夢の世界に逃避してしまうことや、見透かされることのない自分だけの自由な世界を求めたこと、頑張ろうとするとすぐに闇が襲ってくる(停電してしまう)この世の生きづらさなど多くを共有していたものの、夜の世界はふたりでは生きていけない、危険な死の香りが漂っていた。でもその「ほんの少しだけわかりあえた」という事実が、明日の夜の闇を照らして歩きやすくしてくれるのだと思う。それを教えてくれただけでも、すごく豊かな3年間だった。

 

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*1:“夜”は、その「怖さ」と「自由さ」の2つの顔を持っているからこそ魅惑的で、あらゆる人生の物語を暗示しうる。