縞馬は青い

映画・ドラマ・漫画など気ままに。

平成最後の夏、あるいは青春時代の終わりに/枝優花×羊文学『放課後ソーダ日和』

f:id:bsk00kw20-kohei:20180805111823j:image

bsk00kw20-kohei.hatenablog.com

映画『少女邂逅』のアナザーストーリーとしてYouTubeで公開されているドラマ『放課後ソーダ日和』が予想以上にグサグサと心に刺さりまくっている。映画が学生時代のリアルな闇の部分を描いていた作品であったから、光に焦点を当てたこのドラマのキラキラした青春模様にドキドキしてしまう。結局同じことを伝えようとしている2作品ではあるのだけれど、この光と闇の二面性が物語を豊かにしている。枝優花監督はやっぱりおもしろいぞ。

一話一話がほんとうに素晴らしくて書きたいことが多い作品だ。でももう6話まで公開されてしまっているので、かいつまんで、簡潔に…。

第1話のサブタイトルは「特別な時間のはじまり」。冒頭ナレーションの「ほんとうにこれでいいの?」という問いかけから物語に引き込まれてしまうのだけれど、この作品は明確にあのころの「特別な時間」について描こうとしている。今も辛いときにはそっと背中を押して寄り添っていてくれるあの時間について。

映画とドラマをつなぐ「第1話」では特に、就職活動中のミユリが本作の主人公である3人を親のような表情で見つめるカットがグッときた。あの時間を私たちは大切にできていたのかなと自問自答し、新しい世界へと歩みを進めること。枝監督も主題歌を担当している羊文学も(そして就活中のミユリも)、僕の同世代なのでちょっと共感できるのだけど、モラトリアムな私たちはそうゆうことを回顧したくなる年ごろなのだ。

青春時代が終わればわたしたち、生きてる意味がないわ

という書き出しが衝撃的な主題歌『ドラマ』も、エンディングの『天気予報』では

僕らが憧れた未来予想のその先は ドキドキするような未来を運ぶかい?

となる。『天気予報』というタイトルからも想像できるように、目線を未来へと移し変えている。「あのころ」の無限の可能性を携えて未来へと歩みを進めよう。僕にはそんなメッセージを感じ取れる作品だった。

ここまでで一番印象に残っているのは、第4話と第5話の「夏、来たる 前編/後編」だ。サナ(森田想)とモモ(田中芽衣)がクリームソーダのアイスとメロンソーダのごとく、混ざりあい、同期し、互いを認め合うお話。なんとも瑞々しく、夏にピッタリの爽やかな一編だ。みんな「違う」ようでいて実は「同じ」なんだ、というのが『少女邂逅』のメインテーマであったと思うのだけれど、本作ではよりわかりやすく、また可視的にその模様が描かれていておもしろい。とりわけあの「ペアソーダ」というクリームソーダを使った演出の巧さよ。

イチゴソーダとメロンソーダが同じ器の中に流し込まれていて、上にはクリームとアイスが乗っている魔法的なこのお飲み物。その飲み物の究極の飲み方をムウ子が発見してしまうのだ。

 (メロンソーダの上に乗っていたアイスをイチゴソーダのほうに持ってきてかき混ぜ、ひと口ごくん)これ、アイスと混ぜるとイチゴミルクになりますね、!

f:id:bsk00kw20-kohei:20180805111737p:imagef:id:bsk00kw20-kohei:20180805111741j:image

これぞ映像演出というものだろう。分け隔てられたアイスとイチゴソーダがミックスされることによって生み出されるイチゴミルク。そのままサナとモモの同質性を暗示しているのだ。これを発見するのがムウ子であるというのも素晴らしすぎて憎いほど。第5話ではきっちりと言語化して「私たちは違うようでいて同じなのかもしれない」と語っているのだけれど、そんな言葉必要ないくらいに心が躍る場面でした。

青春時代は終わる。おまけに平成というひとつの時代も終わる。終わりばかりに目がいってしまう不安定な世の中だ。ただいつかの自分が後悔しないように、またいつかの自分を支えてあげられる経験を得るために「今」を大事にしよう、とこの作品は教えてくれる。「天気予報」を確認して、明日への道すじを描きたい。


放課後ソーダ日和【第1話:特別な時間のはじまり】映画『少女邂逅』のアナザーストーリー 森田想×田中芽衣×蒼波純/ 羊文学【フルHD推奨】

天気予報

天気予報

  • 羊文学
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes