縞馬は青い

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飛べないから飛ぶんだ/鄭義信『焼肉ドラゴン』

f:id:bsk00kw20-kohei:20180624123330j:image全面的に指示できる映画ではない。むしろあまり好きではないタイプの映画だったのかもしれない。それでもなにかグサリと刺さる、心がじんじんと火照ってしまう「熱」をつねに感じさせる作品であった。

ときは1969年、高度経済成長期の真っ只中。場所は関西のとあるまち、伊丹空港の近くだろうか。そこに暮らす6人の在日コリアン家族とそのまわりの人々の苦悩や笑いといった日常を描いた映画だ。

 

 たとえ昨日がどんなでも

明日はきっとえぇ日になる

かつて大空を飛びまわっていたドラゴンが、国家に利用され翼を折られ、それでも頑張ってがんばって、働いて働いて、再び翼を取り戻して、大地を蹴り出す。この映画はそういった壮大なプロセスを描いている。役者の演技やこの物語が少々くどい、いや、一つひとつのセリフや笑いから涙までめちゃくちゃに“くどい”と自分は感じたけれど、戯曲が原作であるとかそれ以上にこの壮大な復活譚にはこのくどさが必要だったんだろう。観客もみんなちゃんと泣かされてたし笑ってたし。自分はイマイチ感情を入れ込めなかったけど、ひたすらにカッケェ!って感じていた。

冒頭の数分でこの物語の意図するところはなんとなく理解できる。そうゆう演出がなされているからだ。それはオモニがアボジの「腕のない袖を掴む」という場面。「失くしたもの」を「掴みとろうとする」。これだけでこの映画を語るには十分。本作ではいろんなものを失ったお父さんに限らず、届かない恋情や繋がらない血、通じない言葉や発されない声(…etc)に至るまで、その「ないもの」を諦めずにどうにかして掴みとろうとする、翼の折れたドラゴンたちの一歩一歩が丁寧に描かれていた。何度も何度も傷つき、そのたびに立ち上がり、最後には大空へと飛び立つ。その情熱の美しさよ…。

「その一方で」。中盤の彼の“飛び立ち”はあまりにも唐突で悲しい。その先にしか大いなる世界はなかったのだという事実に、ズシンと心が重くなる。

飛べないから、飛ぼうとする。その彼らの熱気。じゅわじゅわっと音を立て焼肉から立ちのぼったその煙が、僕の乾いた目にしみた。