縞馬は青い

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願望と感想(2021年7月13日)

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なにか心を奪われた作品についてレビューを書くとき、その作品が持つ雰囲気やモチーフ、テーマを、書くレビューの文字一つひとつに憑依させたいという願望がある。感動した場面やセリフ、構成、一連のシークエンスについてその“よさ”をただ書き連ねるのではなく、細胞レベルで“よさ”と同期しながら言葉を表記し、その言葉に引っ張られるようにさらに言葉をのせていきたい。ゆるい映画であればゆるい入り方をしたいし、複合的な要素が徐々に絡み合う作品であれば幾つかの引用や文脈を絡み合わせて文を構成したい。そうした願望が常に願望止まりなのは、知識や語彙の不足はもちろん、もっとも根気が足りなさすぎるからだろうという結論に至った。

試写で濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』を観た。何も書きようがないけど何か書かざるを得ない気持ちになるのが濱口映画であるから、この179分の大傑作映画についても観て覚えているうちに何かを書いておかなくちゃいけない。それも、一生のうちで一回しかできない体験ーー要するに『ドライブ・マイ・カー』という映画を初めて観るーーをしてしまったのだから尚更。内容に踏み込むつもりはないけどもしかしたら触れすぎてしまうかもしれませんのでご了承ください。

三浦透子「監督もおっしゃっていたように本読みを中心に音・声にこだわっていて「相手の心を動かす声をつくる」ということに時間を使わせてもらっていたので、そういった声を自分でも聞いているうちに、自分自身の心も動いてくるのだと。」

占部房子「「時間をかけて作品を作りたいんです」と、共有する全ての時間を真摯に謙虚に創造していく濱口監督が作り出す時に身を置き、素晴らしい経験をさせて頂きました。」

河井青葉「丁寧に時間を重ねるということの大切さを改めて感じる経験で、今回このような素晴らしい賞を授かったことはまさにその答えなのではないかと思っています。」

後者2名は次作の『偶然と想像』の役者だが、濱口映画を経験したものたちが口を揃えて言うのが「時間をかけることは大切だ」ということだ。著書の『カメラの前で演じること』に『ハッピーアワー』から本格的に取り入れた濱口の演出メソッドが書かれていて、それはとにかく丁寧に時間をかけて、役者が“固有の声を獲得する”までを追い続ける方法論だった。例えば、本読みでは一度すべての感情を排して“ただ読む”という作業を長く続け、セリフをフラットな状態に持っていった上で演技をのせる。そのメソッドにどんな意味があるのかは役者にすら最初はわからないというが、徐々に腑に落ちていくのだという。

『ドライブ・マイ・カー』は179分と、日本の商業映画にしてはかなり長い尺を有しているけれど、その長さは「時間をかける」演出メソッドと深いところで結びついているから、観賞後は多くの人が「必要な時間だった」と感じるだろう。本読みをはじめた頃に役者が戸惑うのと同じように私たち観客も長さに戸惑いながら見始めるが、やがて腑に落ちる瞬間がやってくる。そう書いていて気づくのは、つまるところ濱口の演出メソッドを観客が追体験できるような映画にもなっているということだ。そんなことがなぜできるのか、というと一つにはその本読みが映画内にも出てくるからだろうか。今まで濱口映画の外形を成していたものが、中に取り込まれている感覚を得る。

寝ても覚めても』との対比がわかりやすい気がする。とりわけ、人物を真正面から捉えるショットの使い方。序盤から要所で用いる『寝ても覚めても』、溜めて溜めて終盤で炸裂する『ドライブ・マイ・カー』。こんな秀逸な使い方、ホン・サンスの“へんてこズーム”くらいシグネチャーというか「濱口映画といえば」な刻印になっているし、それがちゃんと、ちゃんとすぎるほど“獲得した固有の声”と結びついているのがすごい。あの瞬間、静かに興奮しすぎて心が破裂しそうな妙な感覚に陥った。催眠術が発動されたような、もちろんそんな経験がないからわからないのだけどそれだけ稀有な感覚。逆に濱口印的なカメラワークが2時間くらいまったく出てこないことにも思いを巡らしたくなる。なぜあんなにも普通らしい画づくりなのに、退屈する時間がなかったのか。これはまったく手がかりがなく不思議でならない。何かやってくれるのだろうという期待度は大きく影響しているだろうけど、それにしても音楽や映像に動きが少なかったような。それがしかし心地よかったのだけど。

「時間をかける」ことの意味を実感する3時間。映画のテーマについては、濱口竜介はずっと同じことを恐らく描いていくのだろうと今回改めて思った。メソッドで実験しながら、同じテーマを探究していくような。奇しくも最近読んだ遠野遥『教育』と似た部分(とくに構成に)を感じたけど、やっぱりこんなこと映画にしかできないと思う。監督の役者への信頼が凄まじい。

西島さんの空虚さと人間味が混じり合う感じも霧島れいかさんのごろんとした目もすごかった。岡田将生さんの声には尋常じゃないものが託されていた。三浦透子さん…。今までのどの役も後ろに感じず、みさきとしてそこに在ったことが素晴らしかったと思います。追い続けたい役者さん。