縞馬は青い

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映画とか、好きなもの

大九明子×じろう『甘いお酒でうがい』- 履き潰した靴に敬意を込めて

数週間前からスニーカーの先っぽに穴が空いていることに気づいていた。しかも右足と左足の両方に。もっというと1年くらい前から空いていた気がするけど、黒い靴に空いた穴を黒い糸で塞いだりしてなんとかやりすごしていた。目立つようなあれじゃないので誰も気づいてないだろうなとは思いながら、毎朝自分だけはその穴を見ていた。日に日に穴が大きくなっているような気がして、さすがに気持ち悪くなってきた。靴下ならばすぐに捨てるのに、黒い靴下を履けば目立たないという理由で買い替えてなかったのはすごく不思議だ。靴屋で見つけたほぼ同じ形のスニーカーを手に取り、履いていた靴を廃棄してもらってその場で履き替える。履きはじめはちょっと違和感があったけど、1日歩けば慣れてしまう。ほぼ同じ靴を買ってしまったんだな、と振り返ってふと思った。

電車を乗り継いで東京の少し南のほうにあるキネカ大森へ向かう。よく覚えていないのだけど、東京へ上京してからはこの場所に訪れてなかった気がする。だとすればおよそ3年ぶりくらいだろうか。大学4年生の就職活動のとき、説明会や選考のために東京へやってきては、夜行バスまでの時間をここで過ごしていた。東京にはたくさん映画館があるのに、なぜかいつもキネカ大森だった。東京らしからぬ場末感が妙に記憶に焼きついている。

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『甘いお酒でうがい』を観た。9月ごろに公開されていたけど観られてなかった映画。東京国際映画祭で同じ大九明子監督の『私をくいとめて』を観て、観逃していたことに気づいたのだった。2番館的な役割であるキネカ大森はこういうときに頼りになる。実は、同じシソンヌじろうさんとのタッグ作である『美人が婚活してみたら』があんまりだったので、スルーしかけていた。あたりまえだけど、観てよかったという感情は実際に観てみないと得ることはできない。

細部の描き方がすばらしく繊細で、主人公が生きる世界を追体験するのが容易だった。足と手への並々ならぬ執着は大九作品ではもはや見慣れた景色だけど、その指先のころころ変わる表情が、自分の心の奥底にある琴線を揺さぶってくる。小気味よく、心地よく、主人公のことやそのまわりにいる人たちのこと、それを包む世界のすべてが好きになってくる。こんな映画なかなか出会えないだろうな、幸せだな、と思った。観てる最中も観たあとも、好きな人のことを大切にしたいという感情がずうっとめぐる。

僕にとって40代とは未知の領域だった。どんどんボロボロに剥がれ落ちていくんじゃなかろうかという怖さがあった。でも『甘いお酒でうがい』と、同じく大好きなおじさんドラマ『デザイナー 渋井直人の休日』というバイブルがあれば、きっと安心して生きられると思う。

今日、電車に乗っている途中でイヤホンの右耳が聴こえなくなった。映画を待つ間ドトール綿矢りささんの『私をくいとめて』を読んでいたら、しおりがないことに気づいた。不便だけど、たぶんしばらくの間はこのままでいる気がする。

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*1:若林ちゃんみたいな人が幸せでいてくれればそれでいいと思う。黒木華がほんと〜に最高。