縞馬は青い

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映画とか、好きなもの

静から動への暴力的転換/濱口竜介『PASSION』

2019.3.17 下高井戸シネマ

半年ぶりくらい2度目の鑑賞だけど、何度見ても理性を失いそうになるくらい惹かれてしまう映画だ。濱口竜介の作品はすべてそう。非現実的な会話の応酬によって登場人物たちが連鎖的に突き動かされ、あるいはそもそも“行動的な人間”だったかのように振る舞い出し、その行動は予測不能ながらもどこか感情統制が取れていて(彼らだけ物事の整理がついているような感じ)、破綻しているかのように見えるラストも絶対にこれしかない締め方だと納得してしまう。2008年、東京藝大在学中に制作された映画『PASSION』は、『寝ても覚めても』の片鱗を感じる映画、というか明らかに『寝ても覚めても』より高等なことを実験的に突き詰めようとしている作品だ。そしてその目論見は見事に成功していると言う他ない。現実にはほぼ起こらないだろうことが展開されているけど、それなのになぜか現実の人生を濃縮したようなものが彼の作る映画には写っているから、盲信的に欲しつづけてしまう。

 

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『PASSION』という映画に終始興味を惹かれ続ける要因は、ずっと何かが画面内を動き回っているからだと思う。走ってるとかバスに乗ってるとか、あるいはフリスビーをしているとかそういう身体的な動きだけじゃなくて、とりわけ静止する場所である「家」の中でも常に心や言葉が動き回っていて、そのせわしない動きに僕は興奮させられているのだと感じる。そんなのどんな映画でもそうだろうと思うかもしれないけど、動きのダイナミックさが明らかに飛び抜けているのだ。そしてこの作品が、「静止していたものが動き出す映画」だから、特別そう感じるのだと思う。

 

冒頭、タカコとケンイチロウが亡くなった猫を土に埋めるシーンがある。これは、続いていたものが終わることを示唆しながらも、逆説的に新たなものが始まることを予感させている*1。平穏からの脱却といえるだろうか。またあるいは、劇中で“思考停止”という言葉が発せられることもある。一面的な考え方に納得して考えることをやめてしまっていたカホへ向けてケンイチロウが発するセリフだ。そんなケンイチロウも、カホに会いに行く前に「最初からそうすればよかったのに」とトモヤとタカコから非難されている。翻ってトモヤも、現状に不満を持ちどうしようもなく答えを求めていて…。

 

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しかし、こうして“静止しているという状態”というのは、単なるまやかしに過ぎない。そんなのありえないから。元々彼らの心の中では様々な感情が蠢いていて、それでも外には発さないように我慢しているだけなのだ。それは、家でトモヤの帰りを待つカホがひとりで踊りはじめる場面(その姿を窓の外から写すという描写は、まるで人の中にある心の動きを表しているようだ)や、無抵抗にお湯へと同化していくパスタの姿に表出されているのかもしれない。張り裂けそうなくらい心は暴れまわっているのに、なんとか抑えようとしてきた不器用な大人たち。

 

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そうしてすべてが静止しながらも、外から向けられた暴力(肉体的な暴力、言葉の暴力、キス)によって徐々に自らも暴力をふるうことを促されていき、やがて彼らは真理へとぶち当たることになる。“真理”とはすなわち、思考し続けることの重要性なのだろう。他人のことは何もわからないし、おまけに自分の心と体もバラバラだけれど、他人にとっては自分も他人なのだからせめて“わからないということ”を共有しようではないか、じゃないと何もわからないままなんて虚しいでしょ? といったような。“タカコの家”と“トモヤとカホが住む家”を起点としたダイナミックな登場人物たちの動きによって表出されるのは、彼らが抱える虚しさと微かな希望のようなものだ。クライマックスで濱口監督の十八番である遠景からの長回しによってカホの心は急転換、向かうべき方向性を明確にし、迷いなくそこへ歩みを進めることになる。

  

bsk00kw20-kohei.hatenablog.com

 

*1:「トップシーンは強い画が欲しかったというのが一つの理由としてあります。猫の意味合いに関しては、元々、映画の前後にも時間が流れていることを感じさせるような映画にしたかったんです。それで、ずっと飼っていた猫が死んだという始まりは、長く続いてきたことが終わることの象徴としていいんじゃないかと。平穏に暮らしている時間が長く続いていたんだけれども、そういう時間が終わったという。」参考:http://eigageijutsu.com/article/97397354.html