縞馬は青い

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映画とかドラマとか、好きなもの

ひかりの道筋をたどって/杉田協士『ひかりの歌』

2019.1.18 ユーロスペース

bsk00kw20-kohei.hatenablog.com

 

ひとつの映画について2度ブログを書くのは初めてのことだ。基本的に、一回長文を連ねてしまうとそれで納得してしまい読み直して的を得ていない内容にムズムズしても新たに文を書くなんてめんどくさくてできっこなかった。今までは。でもこの映画はどうしようもなく何かを書きたくなる。『ひかりの歌』は少ない言葉数で世界を表出している作品だけれど、だからこそたくさんの言葉で余白を埋めたくなるのだ。フツフツと燃え上がるこの映画への愛情をどうも抑えられそうになかったので(桐島部活、ハッピーアワーに次ぐオールタイムベスト3に割り込んできたこの映画に次いつ出会えるのかわからなくて不安になり)、とうとう2度目を観に行った。開演19時というのは社会人にとっては微妙に辛い時間だけど、金曜日の夜に定時ダッシュを決めてやった。来てよかった。そうしみじみと思った。気づいたら劇場の出口に立っていた杉田監督に握手を求めていて、「土曜日にも来たんですが(実際は日曜だった)、余韻がすごかったのでまた見にきてしまいました」ともっと他の言葉でこの映画への熱を伝えられなかったのかと今になっては思う、でも真剣な言葉を伝えていた。末端冷え性で冷えきった手を握ってくれた監督の手は驚くほどにぬくぬくで、力強く、充足感でいっぱいになった。上映後トークのマスター・矢田部吉彦さんがゲストだったのも観に行く決め手だったのだけど。ほんとうに、来てよかった。そう思った。

 

ここからは一瞬、この映画をまだ観ていないあなたへの手紙(ある公の場でこの映画を紹介しようと思って書いた文。ボツったのだけど)。
映画を観るとき、あなたは何を重視して作品を選ぶだろうか。日々のストレスを発散してくれるとびきり楽しそうなエンターテイメント映画や、はたまた自分の知らないことを新たに学ぶことができる社会派映画を求めるだろうか。どれも等しく作品選びには適していて、素敵な映画に出会う方法の一つひとつであることに違いない。一方で、この『ひかりの歌』という映画はどこにでもあるような些細な日常を切り取った作品で、今までの人生で「見たことのある風景」や「知っている感情」で埋め尽くされている。それゆえに、先述したような作品のセレクトからはどうしてもこぼれ落ちてしまう映画だと思う。しかし、常套句ではあるが、騙されたと思て本作を観てみるのはどうだろうか。そうすればきっと、あなたの(なんでもないと思っていたかもしれない)日常が、多くの光によって包まれていることに気づき、劇場からの帰り道は足どりが軽くなるはずだ。

 

手紙終わり。いよいよ収集がつかない文章になってきたけど、ところで本作を観ての一番の学びは映画ってこんなに情報量が少なくていいんだってむしろその方が心に刺さるんだと知ったことだった。主要人物の4人は主に演劇で活躍されている役者さんみたいなのだけどあの場では感情がデフォルメされることも多いだろう彼女らの演技は極限までリアリティを突き詰めた抑制された感情表現と身体の動きをしていた。遠景からの長回しが多く、背中を捉えた映像も多い。セリフも表情も何もかもが大げさでなく“どこかのあの日のそのまま”であるからこそ、私たちの過去の記憶がそのスキに入り込んでしまう。そういうわけで僕たちは、映画の細部に目を配ってすごく集中している一方で自分の過去を無意識に回顧してしまっているという、不思議な体験をすることになる。

 

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衝動で書きはじめたのでうまい締め方が思いつかず…、最後は前のエントリーでも触れなかった好きなところを羅列します。

 

・想い人に再会した後に発する「現国の新井先生」という弾んだ声
・はじめは自転車にすら乗れなかった彼女が抑えきれない感情に身を任せて走り出し、とうとう船で大移動し、車で各所を訪ねたのちに、元いた場所へと帰っていくという、緩やかながらもダイナミックに飛躍する彼女たちの動き
・友達が先生の絵を描いているところを静かに眺める彼
・一緒に食事をすることによって開かれていく言葉・関係・記憶(無言でお茶をすする彼女たちもいいし、チャーハンを食べておいしいしか言えない彼女もまたいい)
・真っ黒なアスファルトに映える自販機のひかり
・ショートカットになって帰ってきた彼女
・おう、おう、おう、うん。帰ってきた夫さんの頷きのリズム

ていうか全部好き!!笑

 

まばゆく今にも消え入りそうな“光”をまた別の“ひかり”が照らし出す。しかしその“ひかり”はあなたが発した“光”(あるいはあなたが生きているという事実)が巡り巡って自分のもとに戻ってきた姿なのだ。つまるところ“光”=“ひかり”。自分も自分じゃない人もすべてを包み込むそういう大きなひかりの中で生きているということをこれからも忘れないでいたい。

 

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