縞馬は青い

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映画とか、好きなもの

そこに置いてきた夏休みの宿題/相米慎二『お引越し』

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なぁお父さん、もうあかんの?

主人公のレンコは父親と一緒にバイクにまたがり背中にぎゅっとしがみつきながらそう尋ねる。しかし父親からの返事はない。背中の温かみを感じつつも父親の顔色を伺うことはできない。もうあの頃に戻ることはできないの?あの幸せだった過去はどこへいってしまうの?子供から大人へと突きつけられ誰も答えることができない、この儚い人生へ向けた問い。レンコはこの問いの答えを求めて走りだす。これはある少女と私たちがぶつかった、あの頃の「夏休みの宿題」。

 

両親の別居前夜から物語は始まる。風変わりな三角形の食卓を囲むのは、父と母とその娘のレンコ。この家族にとっては最後の晩餐であるけれど父と母は互いに目を合わせて話すことはない。

食卓で 

会話の弾む 

明るい家庭

レンコは過去の、幸福に満ち溢れた食卓を思い出しながら、川柳を詠むようにそう言葉を発する。しかし冷めきった夫婦はこの字余りな思いに応えてあげることはできない。どちらかが席を立たなければいけないという悲哀の演出も顕著だ。ついに父親は家を出てしまうが、レンコはどうにかして過去の幸福を取り戻そうと奮闘する。

早く梅雨、明けたらいいのになぁ。雨なんて大っ嫌いや。 

雨空を仰ぎながらそう呟いたレンコは、時を逆戻りするように逆立ちをして、この世界への反抗の意を表する。

 

この映画の舞台が夏休みの始まる少し前、つまり、梅雨が終わるか終わらないかという絶妙にもどかしい季節に設定されている点で目指している場所は容易に想像がつくかもしれない。前半部分では雨がよく降り、レンコの心は荒れ模様だ。中でも、レンコと似た境遇の同級生が、父親に会いにいったら別の人との間に子供ができていたという悲しみのエピソードを語るシーンとそこでの雨の演出が忘れられない。

サリー「春休み来ないかって電話あって、どんな女か見てやろうと思って、‥‥パパ、 別なひとと結婚したんだ。‥‥ママに内緒で行った。前、住んでた家、すごく懐かしかった。パパの新しい奥さんに挨拶しようと思ったんだ。パパをよろしくお願いしますって。だけどいなかった。」

レンコ「どこ行ったん?」

サリー「病院。」

レンコ「えっ?」

サリー「入院してたんだ、赤ちゃんが生まれるから。」

 その衝撃の告白があった後、土砂降りの雨が降り始めレンコは坂道を走って下っていく。

 

 

そんなレンコの荒れ模様も、時が経つにつれて変化が訪れる。過去の亡霊であるキリンのぬいぐるみは落下し、梅雨は知らぬ間に明けていた。夏休み、レンコと母は1年前に家族で訪れた琵琶湖に再び旅行に出かけるが、やはり家族は再生することができない。見兼ねたレンコは行くあてもなくひとり冒険に出かけ、そこで年老いた男性に出会い、人生の教訓を得る。

昔の思い出っちゅうんは、片手で数えられるくらいで十分や。

そう言われてレンコは指をおる。

足りひん。

片手では数えきれない幸福な思い出の数々。ここでレンコは、幸せな思い出が渋滞していることに気づくのである。

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過去と決別するクライマックスでの不思議な出来事は何にも形容しがたく、大好きとしか言いようがない。映像で見せてやる、と言わんばかりにセリフがほとんど取り払われ、別世界にでも連れていかれたかのような不思議な世界観(実際、死者の世界にも見える)に少女と私たちは身を預ける。レンコが眺める海の先にみえるのはかつての楽しそうな3人家族。やがて、去っていく両親を見て憂い叫ぶ過去のレンコを1年先輩のレンコは強く抱きしめ、「おめでとうございまーす!」と海に向かって甲高に幾度となく声をあげる。染之助染太郎の言葉を真似たようなこの言葉は大人への一歩か、はたまた自らの不幸を温かく抱きしめる賛辞か。なんにせよ、レンコは過去との決別に成功し、ようやく未来へ向かって走り出す。

 

 

この人生は辛いことも幸せなこともいっぱいある。でも全ては過ぎ去ってしまうという逃れようのない時間の儚さ。相米監督は優しい眼差しで、力いっぱい生きていく少女を映し出しながら私たちの儚い人生をも肯定する。幼き田畑智子が演じた少女の逞しい姿は目に焼き付いて離れない。シーンを重ねるごとに成長する彼女の演技はこの映画のテーマとも呼応していて素晴らしかった。今後、夏映画としてこれ以上のものを生み出せるだろうか(反語)。今後も夏になれば必ずこの映画のことを思い出してしまうんだろうな。相米監督、素晴らしい作品をありがとうございます!

 

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