縞馬は青い

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スイートな“恋の始まり”と束縛からの解放/ダニエル・ヒベイロ『彼の見つめる先に』

f:id:bsk00kw20-kohei:20180507200912j:image2010年代になってアカデミー賞ほか世界の映画祭で大きなテーマとして掲げられてきた「多様性」についての一連の考察は、本作において一つの重大な回答を示したのではないだろうか。そう思えるほどに優れた映画であると感じたし、なによりも、すんごくおもしろかった。

 

本作の魅力は、ハートフルでスイートな語り口から発せられる“恋のはじまり”の描写とそこに内包された強い思い(すなわち監督からの提案)にある。物語がはじまって画面いっぱいに広がるのは、うっとりしてしまうような甘美な空間であった。
冒頭、1組の男女がプールの淵に寝そべり、ヒマを持て余しながらだべっている模様が描かれる。この場面において、どうやら男の子の方(レオ)は目が不自由なのだろうということと、男女の間には深い絆があること、女の子の方(ジョバンナ)はその目線の細かな動きによって(性的な意味かは別として)レオのことを深く愛しているのだろうということを感じとることができる。その後も数分間、この2人が学校でも、登下校中も、また放課後も常に一緒に行動している描写が続くことによって彼らの親密さが強調されながらもしかし、日常的な会話や彼らの仕草から、彼ら2人は恋人関係にはないということが徐々に明らかになっていく。

まず、もうひとりの重要人物が出てくる前のこの冒頭の映像がたまらなく愛おしい。セリフではなく目で語る場面が多いし、レオに至っては目線でもセリフでもなく、仕草で語ってみせている。目が見えないからこそセリフで多くを語る映画は多いと思うけれど、本作はその不自然さを回避しながら、雄弁な語り口を獲得していた。とりわけ、ベッドの上でふたり反対向きに横たわって会話する場面が愛らしくて大好きです。

f:id:bsk00kw20-kohei:20180507203840j:imageいつも一緒に歩いているふたり。この愛おしい日常が変わらずに続いていくのかと思いきや、レオは突然「アメリカに留学したい」と言い出す。これには劇中のジョバンナもレオの両親も、そしてわたしたち観客も驚かされることになる。彼は人知れず、環境を変えるという「変化」や両親による束縛からの「解放」を求めていたのだ。そしてここに来て初めて、これまでに少しずつ挟まれていた過保護に息子を扱う両親の姿が、一般的な家庭の親子のそれよりも過剰であることに気づくのだ*1

そのように変化を求めていたレオのもとに、転校生であるガブリエルがやってくる。そうして彼はレオに「変化」を運んでくる。

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すぐにレオと仲良くなったガブリエルは、ある日彼に「映画を観に行こう」と提案する。すぐにその提案の違和感に気づきガブリエルはレオに謝るのだけれど、画面が切り替わるとふたりは映画館に。映画内で起こっている出来事を事細かに教えてもらいながら楽しそうに鑑賞するレオの姿には、今までにない笑顔が満ちていた。また、こうした描写は映画だけに留まらず、月食観測やダンス、自転車、そして“恋”をすることによるキスと幅を広げていき、そのことによってレオの視界は大きく大きく広がっていく。

今までにやったことがないことではあるけれど、もちろん不可能なことではないこれらの行動。「恋とは」という問いについて考えたときに真っ先に考えつくのは、このように嫌いだったものを好きになったり、目の前の世界をまるごと変えてしまうような経験ではないだろうか。そのことが直接的に彼の「束縛からの解放」を示唆していく。

わたしたちは時おり、他人をイメージや型の中に嵌めようとしてしまい、また自分自身をもイメージや常識で縛ってしまう。しかし目が不自由だからといって映画や月食を観れないわけではないし、ダンスを踊ることや自転車に乗ることを恐れる必要はない。アメリカにだって留学できるし、もうなんだってできてしまう。そしてこれはレオだけでなく、わたしたちにも同じことが言えるのだ。そんな大事なことを教えてくれたのが、ちょっと無神経で優しさに溢れたガブリエルという青年だった。

この映画には前述したとおり、ジョバンナという素敵な女性が登場する。彼女とともに過ごしている冒頭のシーンは心が温まるし、退屈な情景もすごく楽しそうに見える。しかしレオが求めていたのは「変化」であって、それはそのままガブリエルであり、ジョバンナではなかったのだ。ガブリエルが登場してからのレオといったら、それはそれは輝いていて、レオの心が色づいていくさまはなんとも美しく、暖かかった。

ラストシーン、自転車で未知なる世界へと駆け出していくレオとガブリエルの美しい画。「先入観からの脱却」や「可能性の渇望」というものの重要性をこの映画は教えてくれた。

f:id:bsk00kw20-kohei:20180507223509j:image「彼の見つめる先に」予告編 - YouTube

 

*1:「一般的」という言葉をこうゆう場面で使うのは危険だと思うのですが、要するに、両親はレオを束縛しているということです。そしてこの意見は、目が不自由であるから両親は当然そのような行動をとってしまってもおかしくないと考えた上でのもので、それでもやはり、可能性を慮ることの重要性を感じたのです。