縞馬は青い

縞馬は青い

映画とか、好きなもの

奴らと彼はいつもそばにいて/トム・フォード『ノクターナル・アニマルズ』

やられた───。面白すぎた。今作は「スリラー映画」の部類に属すると思うのだけど、それを形作っている「ミステリー」と「ホラー」の両側面がパーフェクトな割合で調合されている。オープニングから強烈な今作ですが、その謎解きと驚嘆の演出に興じつつ、美麗に彩られた映像世界に身を預けているとあっという間にエンドロールが流れていることに驚きます。そのうえストーリーも濃厚。その「ドラマ」性の高さに鑑賞後も頭をかき乱され、考えに耽りたくなる。まさに映像のマジック。これは見る人が見ればかなり刺さってしまうであろう、ちょっと怖いくらいな映画。興奮剤なので多量摂取は危険です。

f:id:bsk00kw20-kohei:20171107154721p:imageアートギャラリーのオーナーを務め、大きな家でイケメンな夫と暮らしている主人公のスーザン(エイミー・アダムス)。何不自由のない暮らしをしているはずなのにどこか彼女の表情は物憂げで、お金、地位、恋人を手にしながらも"何か大事なもの"を失っているのだろうということが伺える冒頭の風景。こういった「ブルジョワの抱える空虚」というのはよく目にするけれど、原因の所在を心の内にしまい込んでいるようなスーザンの姿には次第に興味がわいてくる。

そんな彼女の元に届いたのが20年前に別れた元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)からの一冊の小説。小説家である彼が執筆した新作だった。小説に添えられていた手紙には「君との別れから着想を得た」と記してあり、表紙をめくると1ページ目には「For Suzan」の文字が。スーザンは空虚さを埋めようとするかのようにその小説を読み耽っていくわけですが、物語の内容は極めて暴力的で荒廃している。まさしく空虚。観客である私たちは"スーザンに捧げられた"その物語が実際にあった物語なのか、はたまたフィクションなのかさえ分からない。物語は〈現在〉〈20年前の過去〉〈小説〉の3点軸で進行していき、時に交錯することによって徐々にその輪郭が明らかになっていきます。

f:id:bsk00kw20-kohei:20171107154750p:imageそれは「愛」なのか「復讐」なのか───。ポスターにもある主題ですが、どちらとも受け取れるラストだと思います。観客にその判断は委ねられている。「復讐」だと示唆する場面は多々あるけれど、あのラストシーンを経たスーザンは間違いなく今までとは違う価値観を得ているはず、それだけでこれは「愛」だったと受け取れるのではないだろうか。劇中の〈小説〉やそれを映写したこの〈映画〉という『物語』は、ときに私たち観客に大事な考え方を与えてくれる。私たちがそうであるようにスーザンもまた何かを得るのだろう。不確定な未来でも決定した過去でもなく、よりリアリティのある"今"の選択を間違えないこと。その重要性を知ったからこそ、あのラストにはエドワードの「愛」を感じとりたい。一見バッドエンドのようだけど間違いなくその先に彼女の幸せな姿が見えているから。"奴ら"に打ち勝つ彼女の姿が、そこにはある──。

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【雑記】〈小説〉内に登場したマイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、エリー・バンバーといった俳優たちの演技が軒並み素晴らしかった。3層構造の映画でこんなふうに1つ1つの作りがしっかりしてるととにかく満足感が凄いですね。ファッションデザイナーであるトム・フォード監督が作り出す世界観も違和感なく入り込める不思議な奇抜さだったし、アベル・コジェニオウスキの音楽もたまらない。そして何よりもエイミー・アダムス。今年公開された2本の映画はどちらも素晴らしかったし、伝えたいメッセージが互いに共振しているのも好感が持てる。トム・フォード監督の今後の映画製作にも期待です。ジェイク・ギレンホールはさすがってことで。